覚悟とゆるゆる村生活
大変遅くなりました。遅くなっても止めはしないつもりなので安心してください。
三人───正確にはプラシアが戻ったことによって村は一気に活気付いた。風人が村から出る時に睨んでいた者も彼を救世主だと感謝した。
しかし、風人はそんなことは気にも止めずある人物を探していた。シエルは目を離すと何を仕出かすか分からないので手を握って少々強引に引いていった。
「ミカゲ様、どうなさったのですか?」
風人の態度にプラシアも戸惑いを隠せず追いかける。シエルは訳も分からずなんとなく引かれるがまま風人に付いていった。
急に止まったかと思うと、そこは村の外れの墓地で棺が並んでいて人は風人達を除いて二人しか居らずその内一人は睨んでいた。
「ゴージスさんにペイルちゃん…」
「ああ、無事戻られたようで何よりです。ほらお前も挨拶をってこら、睨むなって言ってるだろ」
睨む少女───ペイルを軽く小突きその父親の男───ゴージスは言う。二人に風人は頭を下げるとその後ろの棺に手を出した。
「ちょっと!!何勝手に」
「おいおい、流石にそこまでは」
二人の制止も聞かず棺の中にいる胸に大きく穴が開いている犬耳の男───ライオットを少し持ち上げる。そして風人は目を瞑り、ぼそぼそと口元を動かすとライオットの体から蒼白い光が放たれ同じ色の魔法陣が浮かび上がり風人の手から離れ、浮遊する。
光が収まるとライオットの体は天から舞い降りた天使のようにゆったりと地面に横たわった。胸の傷は消えて何度か大きく振動した。ペイルは、嫌、彼女以外の皆も目を疑った。
ライオットが息を吹き返したのだ。
目をゆっくりと開き頭を重そうに上げて、ライオットは自らの四股を確認するように動かす。と横からペイルが大粒の涙をこぼしながらライオットに抱き付いた。
「俺、どうしてこんなところにいるんだ?よく思い出せないんだ」
「少しの間気を失っていただけですよ」
ライオットの疑問に風人が話に脚色を加えて答える。死んだという真実を受け入れられるが怪しい、という気遣いだ。
「…良かった、本当に良かった」
ペイルはライオットの胸にすがりながら泣いている。ゴージスは風人に近寄り問いかける。
「どうしてこんなことをした。感謝はしているがこんな重傷を治す魔法なんざかなりのリスクがあると聞いたことがある」
「俺はもう誰も失いたくない。誰かを失って悲しんでいる人を見たくない。って昔心に決めたこと───すっかり忘れてたことを思い出したからですよ」
風人は青空に浮かぶ白い雲を見て過去を思い興す。その様子を皆は不思議に思ったが口は出せなかった。しばらくしてはっと意識が戻ると「ははは、考えこんでしまってすみません」と先程までの冷淡さはなく、村に来たばかりの時のような───日本にいた頃のような子供っぽく笑った。
「そのためには準備をしなきゃいけない。だから…プラシアさん」
「はい、何でしょうか?」
「しばらくこの村に滞在しても良いですか?」
一週間経てばまた魔法が手に入る。それを繰り返し、創る魔法を良く考えれば、日本とは違うこの世界でも生きて行ける。シエルも守れる。そう考えたのだ。この村に留まればその時間を安全に過ごし、知識も身に付けることができる、と。
プラシアは一瞬きょとんとするが、
「はい、もちろん」
二つ返事で返した。「ですが、1つお願いがあります」と付け加え、風人は身構える。当然である。何のメリットも村としてはないから、しょうがないと最初から分かっていた。場慣れしていない風人は握っていたシエルの手をより強く握る。
「私のことはプラシアと呼び捨てにしてください。私はもうミカゲ様の物なのですから」
「え、えーと。何か引っかかるけど分かりました。それじゃあ俺のことも風人って呼んでもらって構いません」
負い目を感じていた風人は親しく語りかけるプラシアに戸惑いながらも安堵した。
不意にシエルが「お腹空いたー」と緊張感のない声をあげるので、周囲から笑いが起こり、
「それなら、私が何かご馳走します。どうぞ、カザト様も」
と言ってプラシアは風人の腕を掴み自らに引き寄せる。プラシアの豊満な胸に腕が当たり変形する。その柔らかさに慣れていない風人は赤面する。
「えあっ、えーと…ご馳走になります」
少なからず状況は違うものの、風人は日本にいた頃のような日常の面影を、今感じていた。
(でも、ここは日本とは違う。何の力もないとこの感じも守れない。強く…ならないと)
新たな覚悟を胸にして、風人は美女に連れられ美少女を連れてという男としてはこの上ない状況の中で歩みを進めるのだった。
◆
風人がこの世界に着いてからしばらく経った頃にはすっかりこの村の生活にも慣れていた。ただ食事と寝床を提供して貰うだけなのも忍びなく、農作業等の仕事を手伝っていた。その結果、村の獣人達とも種族の垣根を越えて親しくなっていった。そして仕事を終えると近くで村の少年少女と遊んでいるシエルを回収してプラシアの家に帰る。そんな生活をしていた。
そんなある日のこと、
「プラシアのいった通り、シエルを村の子達と遊ばせるのは良かったみたいで、日に日に賢くなっていってる気がするな」
床についてプラシアの手料理を待って、風人はプラシアに話しかけた。火を見ていたプラシアは長く青い髪を翻し振り返る。
「それは良いことですが…流石に即効性はないかと。相変わらずカザト様は猫馬鹿ですね」
苦笑いで応えるプラシア。その口から皮肉紛いの言葉が風人に発せられるのも、二人が親しくなっている証である。普段と変わらずシエルを膝に乗せていることへの嫉妬も含まれているが。
そんなプラシアの気を風人は露程も知らずシエルの黒く癖のある毛が覆う綺麗な三角形の耳を撫でる。撫でれば撫でる程、シエルはご機嫌になりプラシアは不機嫌になり頬をぷくっと膨らませる。
「そう言えば、その子供達の中の男の子がシエルさんに好意を抱いているそうですよ?『どうすれば良いですか?』って相談に来てくれましたし」
「な、何だって!?誰だ、どいつがシエルを…」
「本っ当に猫馬鹿──というか完全にシエルさんの頑固な親ですね、カザト様は。犬耳の元気な子でしたよ」
呆れたプラシアは火にかけていた鍋の中を混ぜる。
「犬って言うと…」
風人が記憶の中を探っていると、不意に物を叩く音がした。
「お疲れの所失礼いたします。ライオットですが、ミカゲ様にお目通しいただきたく参ったのですが」
叩かれたのはドアのようで外から男らしい低い声がした。風人はシエルを膝から下ろし、戸を開ける。
「ライオットさん。どうぞ中へ」
「み、ミカゲ様!?さん付けなど止めてください」
「それはそうと、何も問題はありませんか?」
風人はライオットの腹部を心配して目を向けた。そこには致命傷となった傷を追っていた箇所だ。
「はい、ミカゲ様のお陰です。あの後、お義父さんに聞きました…事のあらましを」
「…そうですか」
「本当に何とお礼を言って良いのか」
「いや、自分の為にやっただけなので」
風人の顔に影が差す。言葉にも冷たさが感じ取れる。
「ミカゲ様はお優しいのですね。命を救う程の力をお持ちなのに偉ぶらず、我々とも対等に話してくださる」
「力なんて…失礼ですけど、一番必要な時にない力なんて元からないのと同じですよ」
ライオットが誉める程に風人が卑屈になっているようにも見えてプラシアは割って入る。
「あ、あの!!今更ですが思ったんですけど、ライオットさんを助けた魔法があれば『誰も失いたくない』っていうカザト様の思いは成し遂げられるのではないですか?」
「ああ、あの魔法──《死からの帰還》はこの世の道理や運命をも覆す力にもなり得るから術者一人に一度だけ使用できるようで、もう二度と俺は使えないんです。簡単に言うならば、強い効果の代わりに高い代償がかかる──つまりバランスを保つ、ということです」
取得した魔法の詳細は風人の頭の中に自動でインプットされる。その力についてもプラシアには伝えてあった。
風人の説明を聞き、プラシアは納得した。
「私達、獣人が頭が弱い代わりに筋力や免疫力、自ら言うのも気が引けますが容姿が優れているのと同じような原理ですね」
「その割にプラシアは物分かりが良いよな。毎回のように獣人の説明に『頭が弱い』って入れてるけど全然そんな感じしないし」
風人に褒められて頬をほのかに染め顔を俯ける。
「は、はい、私は特殊でして。カザト様には獣人の脳の話はしましたよね?」
「ああ、脳がどんどん小さくなるっていう」
「先程カザト様が言っていたバランスだと思います。昔は呪いと言われ恐れられ、魔術師や霊媒師などに依頼して呪いの解除の術を施してもらったそうですが成功したことはなく、寿命を終えた方の脳はほとんど残っていなかったそうです。だから私達はそれを運命と割り切って生きています。そして──」
プラシアはその先を告げるのを辛そうにしていた。針でも飲み込むかのように深く唾を飲む。
「そんな中、私の母はいつかの私のように盗賊に捕らわれたと聞いています。しかし母は命からがら逃げ出しその先である人間の男性と出会いました。二人は互いに引かれ合い結ばれ、間に私が産まれました。母はせっかく人間の街にいたので、医学等に使われる透視魔法で私の脳の大きさを見て貰うと、頭目一杯に脳が広がっていたそうです」
「それは凄い。人間でもそうそうないと思うよ」
「はい、とても珍しいとすぐに噂が立ち、私を狙って様々なところから盗賊が来て私は家の中に引きこもる日々が続きました。すると今度は買い物に行っていた母が人質に取られてしまいました。父は母を救いに行く前に私をこの村に連れて来ました。その後はお父様──正確にはお爺様に養子という形で村の皆さんに育てられてきました。父も母もそれ以来会えていません」
「そう、か。なんか辛いこと思い出させちゃったな」
思いの他暗い話になり思わず風人が謝るとプラシアが首を横に振る。
「いえ、自分で話そうと思ったので。母は私が獣人と人間のハーフだから、と推測していました。知識は盗賊に狙われていた頃に退屈しないようにと両親が買い与えてくれた本や族長であるお父様の書物庫の本を読んでいたので身に付きました」
「だからこそ、分かったこともあります」とプラシアはまたも辛そうに語る。
「私のように獣人と人間のハーフの子供の脳が大きいケースはよくあることで、そして…そのほとんどが脳が縮む速度が普通よりかなり速くなってしまうということです」
「そんな…じゃあ、プラシアは」
「何も考えられなくなる日がいつ来てもおかしくはない状況と言えるでしょう。ですが、それでも良いんです。カザト様が来てから色々なことを聞けた事、新たに知った感情、その一つ一つが楽しかったのです。ですから、例え明日そうなっても悔いはありませ──」
「そんなこと言わないでくださいっ!!」
プラシアの涙を含んだ声を書き消すように叫んだのはライオットだった。
「プラシア様は村の皆の希望なのです。多くの知識を持ち、それを笑顔でもたらしてくださるプラシア様が皆好きなのです。皆が必至に救う手段を探しているのに本人が卑屈になってどうするのですか」
「でも、そんな方法──」
「ありました、あったんですよ。プラシア様!!」
「え…」
拍子抜けして声が小さくなったが間違いなくプラシアの顔は希望に満ちた笑顔になった。
「本日はその件でミカゲ様にお話があったのです。実は、プラシア様の為にミカゲ様に狩りにご同行願えないかと思いまして」
「はい、そういうことなら俺も何でもしますよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
そんな笑顔を裏切りたくはなく風人は二つ返事で承諾し、感激したプラシアは風人に抱き付き、シエルは食欲を抑えきれず風人をいつものように噛むのだった。
「それはそうと…ライオットさんの耳って犬耳ですよね?息子さんとかいらっしゃったりします?」
「いますが…それが何か?」
「…いや、何でもありません」
風人は協力して戦うであろう前に輪を崩すことを避ける為に歯を噛み締めて言いたいことを堪えた。猫馬鹿と言うか親馬鹿に近かった。
プ「1話にして日常回を終わらせるなんて流石、ミカゲ様ですね!?」
シ「流石、ご主人様ーって前回と同じようなことやってるー」
プ「それはともかく、これからもよろしくお願いします」
シ「…気に入らないけど、しょうがないからよろしくー」
プ「ふふっ、何だか妹ができたみたいで嬉しいです」ナデナデ
シ「喜んでる場合ー?これから私達敵だよー恋敵ー」
プ「あ、そうでした。では、カザト様を賭けて…勝負です、シエルさん!!」
シ「受けて立つよー」
次回 何週間の熟考の成果
プ「と言う訳でクイズバトルと行きましょう!!」
シ「うわー大人げなく勝つ気満々だー私みたいな鳥頭(本編では)に頭脳戦仕掛けるなんてー」
プ「む、難しい言葉をご存知ですね、シエルさん」
シ「あれー勝ったー?」




