07
家についてから、こちらから電話をしてみよう、とトモエは何度も画面を開いては、そのたびにため息とともに電話を置いた。
それでも、気にしているといけないと思い、かんたんに、ショートメールを送ってみることにした。
「お怪我はだいじょうぶですか? 会議はおかげさまで無事終了しました、何かと気を遣って頂きましてすみませんでした。ありがとうございます。おだいじに」
メール送信を確認してから、電話を横目でみながら、いつものカップめんに湯を注いだ。
出来あがって、食べ始めてからもトモエは電話から目が離せない。
いつも栄子からの電話に怯え、お湯を入れても結局はこの食事はできずに終わるんじゃないか、また捨てるハメになるんじゃないか、そんな不安が常につきまとっているようだった。限りなく不健全なルーチンが断ち切れずにずるずると。
何が怖いのだろうか……トモエの思考は細くねじれながらも延々と続いている。彼女自身の気味悪さが怖いのか、それともくどい電話に出ないでそのまま食事を続けたらいったいどうなるのか、想像の果てが暗く淀んでいるのが怖いのか。
三角コーナーに、食べ物だった汚物が盛り上がる有り様が目に浮かぶ。まるで失望を具現化したような、固まり。
誰の失望? わたしの? それともあの人の?
一般的に考えて無理をすれば食べられないことはないだろう、でも、どうしても嫌だ。
彼女を受け入れてしまった後の、適度な時間からすでにはるか遠く隔たってしまったというその変容が、トモエには許すべからざる醜悪さに映って仕方なかった。
結局、その日の夕食には何の連絡もなく、カップめんは三角コーナーの餌にならずに済んだ。
そして、一夜明けても電話はならなかった。
会議の日から、彼女は続けて会社を欠勤した。
何日たっても、栄子からの返信はない。
会議の記録を書記から受け取り、ようやく議事録と資料とをまとめ、課内と部内回覧が済んだ頃、トモエは部長から小会議室に呼び出された。
プロジェクトチームの連中全員が呼ばれたらしい、そろって席についてから、部長がおもむろに口をきった。
「チームリーダーだけど、本日より山下くんに代わって誰か他のメンバーにお願いしたい」
「えっ?」
いっせいに顔を見合わせた。若手の五島が
「もしかして……エイリアン、入院?」
つい若い仲間どうしで使っているあだ名が出たようだ、やばいすんません、と舌を出す。
「会社を辞めたとか?」誰かの無遠慮な問いに、やだあ、うれしいこと言わないで、と隅からヤジが飛ぶ。
トモエの物問いたげな視線に気づいた部長が、軽く咳払いして言った。
「ここだけの話だが、いつの間にか転居してしまったようだ、山下くん」
ほんのいっときだが、時間が止まった。
総務の必死の追跡もあって、山下栄子の行方はどうにか把握できたらしい。
転居と同時に会社も『辞めた』という認識があったようで、栄子はそれからいっさい会社には近づこうとしなかった。
各種手続きのたびに総務の担当者は、逆に栄子からさまざまな苦情を電話ごしに投げつけられ、最後の果てには自分が体調不良で数日欠勤する有り様だった。