05
会議前日。
栄子から特に何の連絡もなく、トモエにとっては実に穏やかな一日が暮れた。
このままだったら明日も何とかなるかもしれないと感じ、早めにベッドに入った矢先。
午後十時近く、不穏なバイブ音でトモエは目が覚めた。
栄子からの不在着信だった。すでに研修を終え、帰宅しているだろう時間なのに。
胸騒ぎをおぼえ、トモエは栄子に折り返し電話を入れる。
栄子が淡々とした口調でこう告げた。
「夕方、帰りに、東京駅の階段から落ちて頭を打ってしまって」
「えっ?」今、どちらに? と聞くと
「新幹線の中」やや潜めた声がそう答える。
なんでも、研修終了後、東京駅の山手線ホームから降りようとした時、急に目眩がして中央通路まで転落したのだと言う。
「お怪我は……」電話をかけられるくらいだから、無事には違いないがそう言われれば口調に精彩を欠いている。
「頭を打って、近くの病院に救急搬送されてしまったの、一通りCTとか検査はしてもらって特に異状なし、とは言われたんだけど、前後の記憶があまりなくて」
それってかなりマズいんじゃあないの?
「入院とか、しなくてよかったんですか?」そう訊ねると「もちろん入院しなさいと言われたけど」なぜか口調は得意げだ。
「どうしても会議があるし、ね。無理を言って帰ってきたの」
トモエには珍しく、やや口調を荒げた。
「ご自分の身体が一番大切です、どうか戻ったらすぐ病院にかかってください」
「でも会議には出なくては」ベテランの女性教師ような落ちついた口調に、トモエは更に声を荒げる。
「会議は、もう私がぜんぶ資料もまとめてありますし、流れも把握していますので、」
「すみません、大きな声出さないで。頭に響く」かすれた抗議の声に、はっと我にかえる。
「ごめんなさい。やっぱり頭痛がひどいんでしょうね」
「……ちょっとね」
「やっぱり心配ですよ」
「ありがとう」やはり、心配してほしいのだ、彼女は。
純粋に、心配してほしい、見守られていたいのだ。栄子の声音からこわばりが取れた。
「帰って少し眠ってから、朝一番にかかりつけの病院に電話してみるわ」
「そうしてくださいね、今倒れられたら、私どうしていいか……」
「大丈夫。ほんとうに、トモちゃんに任せておいてよかった」
心底からほっとしたような声は真実のようだった。
「ひとり暮らしだと、ちょっとしたことで病院にかかるのがどうもおっくうになるのよね」
「ちょっとしたことではないですよ、頭はあとあと怖いから、ちゃんと検査し直してくださいね」
「だよね、心配かけてごめんね」
妙に素直な物言いに、トモエもようやく止めていた息をゆっくり吐いて
「おだいじに」と電話を切った。
翌朝いつもより三十分早く会社に着いて、会議室に向かうと、すでに鍵が開いていた。
スクリーン脇のついたて近くに、椅子を二つ並べて半身を横たえていた影がゆらりと起き上がる。
「おはよう、ともちゃん」
妙に膨らんだ白い頭が持ちあがる。トモエの足が凍りついた。