プロローグ
「ママー。あの人何被ってるの?」
突然子供は言った。母親の太もも辺りまでしか身長が無い四、五歳ぐらいの幼い男の子は、母親と手を繋いで仲良さそうに帰っている途中だった。子供と手を繋いでいる反対の方の手には、たくさんの食品が入り、膨張したように膨れ上がった買い物袋が提げられている。おそらく買い物の帰りなのだろう。
「何言ってるの。どこにも人なんていないわよ」
母親は子供が言った事に耳を傾け、回りを見渡す。しかし誰もいない。この親子以外、この路地を歩いている人はいなかった。いるといえば野良犬ぐらいで、決して人などいない。母親は少し困った顔をして言う。一体この子は何を見ているんだろう、とほんの少し母親は不安になる。
そんな母親の不安も知らず、子供はますます不明な言葉を放つ。
「ママこそどこ見てるの。ほら、あの柱の前にいるよ。青い物被ってるでしょ。あれって、何被ってるの?」
子供は少しむきになっているのか、指で柱――電柱のふもとを指して叫ぶ。子供はそこに人がいると言い張るが、そこには人などいない。電柱のふもとにあるのはゴミが、今にも張り裂けそうなくらい入ったゴミ袋があるだけだった。まさか、それを差して人と言っているわけではあいだろうと母親は思った。
しかし、そうでなければこの子は一体何を言っているのだろう。一瞬、母親の背中に悪寒が走る。何か嫌な予感を、母親は感じ取った。
「ほら陽。帰るわよ。早く晩ご飯の用意をしなきゃね」
「え……ちょっと待ってよママ。あの人、何か言ってるよ」
子供――陽は再び不明な言葉を発する。感受性の強い子供が想像上の遊びを作るのは良くある事だとは知っていたが、まさかこれまでとは母親は思ってもいなかった。それに子供は「あの人」といっている。大抵子供は同い年ぐらいの子に対しては「あの子」と言うはずだ。それを「あの人」と言っているという事は、大人の人の事を想像していっているのかもしれないと、彼女は思った。
段々母親も気味が悪くなり、陽の言葉など気にせず、無理やり腕を持って引っ張って行く。早くこの場から離れたい。それが母親の本心だった。
陽は母親の力には逆らえず、少し残念そうな顔で母親の後を歩く。しかしそれでも陽の視線は電柱のふもとにいるという人に向けられていた。
そして突然、陽は口を開いた。口真似しているような感じで声を発す。
「……せかんど……さいと」
セカンドサイト、と陽ははっきり口にした。名残惜しそうな瞳が見つめるのは、相変わらず電柱のふもとだった。その視線は一瞬も揺るぎはしなかった。
そこにどんな者がいたのかは彼にしか分からない。そして陽が口にした言葉に、どんな意味があるのかも分からない。
しかしこの瞬間から、陽の全ては始まっていたのだろう。
今に沈みそうな夕日は、燃えるように赤く照っていて、全てを真っ赤に染めていた。
初めまして。冬が大好きな冬也です。
この小説のタイトル「セカンド・サイト」は「第二の瞳」という意味です。
そんなの分かる、という方には不必要な補足ですみません。