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外道

マゼンタさんの狂気回。

まるで自分の魂が締め上げられるような、それとも身体中全ての筋肉が骨から剥がされるような、そんな痛みが全身を襲う。


しかしそれは当然の報いだ。あの血の海にまた一人分の嵩が出来る。小指の甘皮ほども増えないそれがどれだけ罪深く、またどれだけ軽蔑されるべき事なのかは私がよくわかっている。わかったところでどうしようもないことも、またよくわかっている。


「っ、早く、早くしなければ…」


そう思うも体は一向に動く気配がしない。自分で捌いた首がじくじくと疼く。これは安易に生命を、魂を冒涜した罪だ。甘んじて受けなければならない。そう思ってもこの焦燥は止められない。


『俺がたった一人で悪名高い赤頭巾に挑むと思うか?』


それが今なお血の海の一滴となってなお己を失わぬように足掻いている奴の遺言だ。奴の言葉の通りだとすると、今あの町は不味い状況にあるはずだ。例え『アレ』を使いこなせなかろうと、そもそも邪悪なものの身体能力は人間のおよそ八倍だ。あの程度の町など一瞬で蹂躙され尽くしてしまう。


怖いのはそれだけではない。『邪悪なもの』の呪いとでも言おうか。少しでも身体を傷つけられると、そこからどんどん呪いが進行していって、最終的にはその人間が『邪悪なもの』になってしまうのだ。事態は一刻を争う。


「……仕方が無いわね…これだけは本当にしたくないのだけれど…」


そう言うと、私はつい数分前まで『私だったもの』に手を伸ばす。それを掴むと、地に這いつくばったままそれを口に運び、咀嚼する。


生暖く、柔らかい女の肉の感触と、血の味。そしてガリガリとした砂の感触と土の匂いが五感を支配する。その中から僅かな狂気を孕んだ生命力の残滓を濾して己の活力とする。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


狼の屍肉を口に運ぶ。血の海の僅かな数滴が悲鳴を上げる。悲痛な、本当に悲痛な叫びだった。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


涙を流しながら、二人だけの戦場を這い回って両方の血肉を漁る。身体に生命力が満ちる。その時に生じる快感混じりの愉悦に嫌でも口が笑みを形作る。


浅ましい、誰が見ても嫌悪感を感じるような、そんな笑み。


泥水を含んだ血だまりを顔を血まみれにしながら啜り終わった時、もう体に不調は無くなっていた。しかし心は、魂は消えない傷をまた作った。


狂気に飲まれている時ならばまだわかる。それも認めたくは無いが、発狂時は完全に思考回路が用をなしていないから。しかし今、私は私の意思で自分と、自分が殺した心を持つ生き物を魂のみならずその肉体まで冒涜したのだ。それも汚く、卑しく、心を持たない獣のように。


「本当にごめんなさい…」


でも、でも。


「美味しかった…」


そう言って薄く、薄く笑うと乱雑に口を拭い、駆け出した。






町に帰るとすぐにお母さんに見つかって、町長の家に連れて来られました。


私は今の状況が理解できませんでした。


「お、お母さん…?」

「…………なんだい」


お母さんの表情は硬く,いつものような元気は全くありません。


それはそうでしょう。


「なんであんなのがいるの…?」

「……そんなもの!こっちが聞きたいよっ!!」

「まぁまぁ、落ち着きなさいなワタリさん…リルルが怯えているじゃないか」


町長がお母さんを宥めていますが、お母さんは今にも泣きそうな表情で頭を抱えてしまいました。


「町長さん…なんであんなのがいるの?」

「わからない…でも、覚悟はしておきなさい…」


そう言って渡されたのは、私が扱うには大き過ぎるナイフでした。


「え…?」

「もう死んだ方がましだと、死にたいと思った時はそれを使いなさい」

「え…?わかんないよ…わかんないよ!なんでこんなの渡すの?何に使うの?なんでそんなに悲しい顔するの?なんで震えてるの?ねえ!?ねぇってば!!」

「リルル…」


どぉん!と、石造りの壁が大きく震えます。


すると、お母さんがいきなり私を抱き寄せてぎゅうと抱きしめました。


「お前は…もう(・・)この村で唯一の子供なんだ…死なしゃしないよ…」



……………え?


「ギンジ君は?」


お母さんが、さらに強く私を抱きしめました。


それで、なんとなくわかってしまいました。


「割と感動的な場面だな。今からここに乱入するのはちょいと気が引けるぜ」


そのダミ声と一緒に、ぱしゅぅ、と音がして、その後お母さんが倒れました。私を下敷きにして。


その向こうに、村長の皮を被った何か(・・)が見えました。


「ーーーー〜〜〜〜〜っっっっ!!!」

「お母さん……っ!重いよ…!」


そう言いますが、お母さんは叫ばないだけでいっぱいいっぱいのようです。


「例え死のうと子を離さない。言葉だけ聞けば立派だが、裏を返せば親が死ぬような状況でも子は逃げられないってことだ…今みたいにな」

「……この子は…………この子だけは…」

「渡さないってか?大したもんだ」


その言葉を無視して、お母さんは必死に震えながら身体を持ち上げました。圧迫感がなくなって体が動くようになります。


「リルル……!逃げな……!」

「…本当に大したもんだよ。でももう終わりだ」


何かが体からから生えた爪を振り下ろすところが見えて、


「っお母さん!!うしろっ!!」


そのまま何かの腰から上がなくなりました。










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