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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter3:Kiss to you , because Kiss to me.
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第88話:『無惨の蔑視』と『鬼門の枢要』

 御前崎市に満ちる、墓所のような雰囲気。


 その疫病ともいえる気配が突発的に強める領域を、舞人は肌で感じたのです。


 舞人の頭の中で、寄生虫が脳内を這いずり回るような痛みが、生まれました。


 でも舞人はその場に蹲りません。


 敵の首根っこを掴めるまさにこの瞬間を、渇望し続けたからでした。


 自分と惟花さんの姿を空気と同化させると、気配まで霧散させ、湯水のように湧き出る不穏な気配の源へと、惟花さんの左手を引きながら迫っていきます。

 

 しかし動き出した舞人の両足は、目にみえるほどに震えていました。

 

 間もなく起こるかもしれない、戦闘への恐怖ではありません。


 理由のわからない恐怖が心を苛み、今すぐ引き返すべきだと訴えるのです。


 でも舞人の両足は止まりません。


 心の中に根付く良心が、足を進めることに後押ししてきたからです。


 いつからかまぶたを閉じることを忘れていたのに、瞳の乾きを感じることさえない舞人の双眸に最終的に飛び込んできたのは、住宅街の一軒の民家でした。

 

 なんら不審な様子がない外観のこの建築物から、悲運な気配は生まれています。

 

 舞人は傷1つない建物の石壁へと、左手を乗せました。


 白き血を貫通させることによって、内部の様子を確認してみようとします。

 

 でも不透明な濃霧に遮られ、いまいち内部の状況を把握できません。

 

 舞人は惟花さんを伴ったまま飛翔して、音もなく屋根の上へと着地します。

 

 屋根の中央付近から刀を刺し、今度はより強く内部へと五感を差し出しました。

 

 右隣の惟花さんは、《何か危なそうなことが行われていた場合は、詳しく状況を確認してから、制圧をしようね?》という、現実的な助言をしてくれています。

 

 舞人の白き心臓は、血液の流れが暴走しているかのように、高速に蠢きました。

 

 そして舞人は建物の内部の状況を視認した瞬間に、心理的な雷撃に打たれます。

 

 食人でした。

 

 建物の中では、食人が行われていたのです。

 

 瀕死状態でいる数十人の人間と、1人の《人食い》でした。

 

 生き悶える人間のことを1人ずつ捕まえながら、人が人を食べているのです。

 

 人肉を噛み千切るときの独特の音や、人の肉を噛み切ったあとに口内に残る美醜なる感覚、さらには紅唇を濡らす鮮血の味が、舞人の脳裏へと鮮明に映ります。

 

 食べたものを全て嘔吐してしまった舞人は、白き刀まで落としてしまいました。

 

 透明化できていなかったそれは鋭い音を立てて、建物の床へと落下します。

 

 携帯のバイブのように心臓を振動させる舞人でさえも、やばいと思いました。

 

 でも、その瞬間には――、


 舞人の右手を引いたまま惟花さんが、屋根をすり抜けてくれています。

 

 常に舞人を第一に考えてくれる惟花さんは、今回は逆に舞人のことを左腕で抱いてくれたまま、屋根の上へとお土産を手放した右手で、白き刀を拾いました。

 

 そして空想でもみているような速さで、食人者へと白き軌跡を衝突させます。

 

 刃で人骨を切断した時独特のおどろおどろしい音が、舞人を震わせました。

 

 化け物は上半身の半分ほどを失った人間を壁にして、攻撃を防いだのです。

 

 最悪でした。


 図らずも惟花さんは、首なし少女の身体を、真っ二つにしてしまったのです。

 

 舞人と惟花さんは、今まで人間だった少女の返り血で、全身を抱擁されました。

 

 食人鬼は《喜びの大波》で心が犯されたように、にやりと笑います。


 そして彼は舞人たちに出来た一瞬の隙に、背中を向けると――、


「『!』」


 原始的としか表現できない四足歩行で、地を揺らしていきました。


 今まで食い散らかしていた人間の血肉で、化け物は装飾していたからこそ、彼が走るだけで、雨漏りする音を数百と集めたような音が、舞人の耳を慄かせます。


 化け物は痩躯をぶつけて建物の壁を壊すと、そのまま何処かへと逃亡しました。

 

 惟花さんも足の速さでは決して劣らないでしょうが、肝心の一歩が出ません。


 赤く染まった白き刀をみて、心に矢が刺さったような表情をしていたのです。


 直接的な原因は惟花さんになくても、少女を切ってしまったのは事実でした。


 いい気持ちはしないでしょう。


 それでも冷静さが心に眠る惟花さんは、残りの人々を救おうとしましたが――、


「『!』」


 悪魔が消えたあとの彼らは苦悶をしながら、血反吐を吐いて死に絶えました。


 悪魔が消失したことが時限爆弾だったように、彼らは生命を手放したのです。


 全てが遅かったということでしょう。


 数十の死体に囲まれてしまった惟花さんの表情は、まるで自分の家族を失ってしまったような悲哀に染まるばかりですが、舞人はいかなる感想を抱けません。


 酷寒にいるように震える身体を抑えるだけで、精一杯だったからです。


 惟花さんは一刻も早く、今いるところを離れようとしてくれました。


 せめて死者たちの魂は安らかに眠れるように、オカリナの音色で空気を染めたあと、屋根の上に置いてきたお土産を回収してから、現場を遠ざかってくれます。


 舞人のことをお姫様抱っこして、間隔の短い足音を路地に響かせてくれている惟花さんも、御前崎市に《何か》あるのはこれで間違いないと、確信したでしょう。


 でも今は、誰が敵か味方かさえもわからないなのです。


 この件は2人だけの秘密にするしかありません。


 四足歩行の化け物と対峙した時は、さすがに気配と容貌を別物にしていました。


 化け物が舞人たちの足跡を、自らの足跡で塗り潰すことは、まずないでしょう。


 でも舞人たちのほうからは、《食人鬼》の独特の臭気を探れました。


 惟花さんがあの食人者へと、白き血でマーキングを行ってくれていたからです。


 でも全身の細胞の全てで怯える舞人は、戦えるような状態ではありません。


 攻撃を受けてもすぐに修復できるからという理由で、白いパーカーを羽織っていたのですが、まさか嘔吐で汚してしまうとは、夢にも思っていませんでした。


 最悪です。


《人が食べられていた》という事実に恐れを成してしまったのか、《それ以外の理由が何かあったのか》ということは、舞人本人でさえもわかっていません。


 体の奥底から疼く、災厄たる恐怖を沈め込むだけで、今は一杯一杯でしたから。

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