第81話:『陶酔の棚雲』と『霏霏の恋心』
龍人や歌い子のための「演舞の間」が、大聖堂の北西部にはありました。
演舞の間の内部構造を、上部からみていきましょう。
まずは4階部分に、彼らを統括する「怜志くん」や「静空ちゃん」の部屋や、龍人や歌い子のための会議室があって、3階部分には「武器貯蔵庫」や、龍人や歌い子が鍛錬を積むための「騎士の間」や「歌人の間」、そして2階部分には龍人や歌い子が団欒をするための「祝福の広間」や「食堂」があって、1階部分には、許可さえ取ればどんな利用方法もしてもいい、「憩いの間」がありました。
今回舞人が訪れたのは、2階部分にある「祝福の広間」です。
でも「祝福の広間」はただ1つの大きな部屋として、2階部分に存在するわけではありません。「祝福の間の~」という風に、部屋が細分化されていたのでした。
そして今の舞人は、「祝福の間のブライダルベール」というところにいたのです。
合計で300名近くの人々を、そこは収容することができたでしょうか?
窓から清光が入ると、とても幻想的になるだろうその空間の中には、70個ほどのテーブルが規則的に並べられていて、みなでそこで談笑をするのです。
この祝福の間の主な用途としては、飲食でした。
食堂が隣接をしているために、そこで料理を受け取って、ブライダルベールでそれらを頂くというのが、龍人や歌い子たちにとっては1つの日課でしたから。
でも現在時刻は、午後10時近くです。
本来ならテーブルは、5分の1も埋まっていないでしょう。
さすがにもう夕御飯を食べる時は過ぎていますし、何よりも祝福の間自体が、亥の刻が過ぎたら、龍人や歌い子に向けて解放されていませんから。
清掃などをするために、扉へと鍵をしてしまうということです。
もしも時間を過ぎても立ち入っていたら、瑞葉くんからの「お仕置」でしょう。
でも今回は緊急事態なので、立ち入りを認めていました。
ていうかこの判断を下したのが、舞人自身です。
桜雪ちゃんから、「そうなさるべきなのでは、お兄様?」と提案されたので――、
「そうだね、愛しの桜雪ちゃん。じゃあそういう風にしておいてくれ。頼んだよ」
と舞人はろくに考えもせずに、あっさりとオッケーを出したのでした。
なぜに機嫌がいいのか、無駄に満面な笑顔にする舞人に、桜雪ちゃんは――、
「やはりそうですよね。では伝言係をお願いします、お兄様」
とても自然な感じで、流麗に頭を下げてきたので――、
《ぼく???》
という瞳を向けると――、
《? お兄様以外に誰がいらっしゃるんですか?》
純粋なる感じで、首を傾げられてしまったので――、
「行ってまいります! マイシスター!」
威勢よく返事をすると、臨時司教自ら指示を出しに、執務室を飛び出しました。
旭法神域が現有している龍人と歌い子は、合計で4500名ほどですので、例の「ブライダルベール」には、その15分の1の戦力が顔を揃えてくれています。
でもそれ以外の龍人や歌い子には、演舞の間での待機を、舞人は強いません。
自宅で休養を取るようにと、直接思いを伝えました。
もしも何かあった時場合は、舞人が時間稼ぎをするので――、
戦闘待機状態でもなく、完全な休養指令です。
いくら勤労嫌いの舞人の発言といえど、これにはみんなも驚いたのか――、
「本当にいいの、舞人?」
という、「拍子抜け」と「嬉しさ」がある感じで問いかけてくれましたが――、
「クリスマスが近いんだもん。みんなにだっていろいろあるでしょ?」
数千人の信徒たちに舞人がお節介を焼くと、彼らは感謝をしてくれました。
「やっぱり舞人って最高!」という唱和も、みんなの中から溢れ出てきます。
舞人が自作をして、みんなに教えていた賛歌も、ほぼ全員が歌詞を間違えているという奇跡を起こしながらも、とりあえずリズムに釣られ、歌ってもらえました。
自分の好感度が着々と上がっていることを、地肌で感じ取った舞人は――、
……もういっそのことこのまま、瑞葉の立場を奪っちゃおうか?
なんていかにも悪役が考えそうな思考を、心の中で育てていたのでした。
そして舞人は爽やかに微笑みながら、意味もなく演舞の間の2階の廊下を2周すると、桜雪ちゃんからの伝令を与えた「ブライダルベール」に再帰します。
なぜにこんな間抜けな、行程を踏んでいるのかというと――、
間抜けなことをしたいからこそ、間抜けな前置きをしているということです。
「……でもそれは本当なんですか――奏大くん?」
「もちろん本当だよ、そよかちゃん。僕はうそなんてついてない。僕のクリスマスの予定は、舞人兄のパーティに参加するだけだもん。ほかに用事なんてないよ」
「それならよかったです。じゃあ《クリスマス》の時も一緒ですね、奏大くん?」
黒き長髪で美貌を覆っている女装舞人は、身震いを覚えてしまいました。
弟のように可愛がっている奏大くんの立場を、自分へと置換してみたらです。
2人から慕われている舞人は、どうみてもそよかちゃん(無駄にお嬢様堅気。自分のことは一国のお姫様のように思っていて、奏大くんを王子様と考えている。欠点が常識知らずで、驚くほどのポジティブが長所)が奏大くんをストーカーしているのも気付いているのですが、いくら舞人でもそれはごめんでした。
しかし愛は盲目なのです。
他人からみればそれ以上の事をされていて、さすがにあそこまで愛されるのはごめんだなぁ(本音)と思われている惟花さんの事は、傾慕しているのですから。
女装中なのに気配をそのままにしておくほど、舞人も無用心ではありません。
タコさんウインナーと本物のタコさんぐらいに、違う雰囲気になっていました。
しかし奏大くんは愛弟子だからこそ、舞人の変装にも気づいてくれます。
真っ先に微笑みかけてくれるので、返事として舞人は、親指を立てました。
奏大くんは舞人のことを、「実の兄」のように慕ってくれているのです。
何はともあれまずは、舞人と奏大くんの出会いから、説明していきましょう。