第72話:『牴牾の策謀』と『濁世の慕情』
お風呂場に連行された舞人が愛娘たちと大騒ぎをしている頃――、
そんな舞人のお兄様である友秋くんは、ある行動を開始しようとしていました。
「本当に1人で問題ないのですか友秋?」
「俺は1人でも問題ないよ。でもエリサのほうこそ大丈夫か?」
「わたくしは問題ありません。何かあった時も友秋は来てくれるのでしょう?」
「……相変わらず人使いが荒いな。てかお前眠いのか? あくびばかりして」
背丈ほどの高さのコートハンガーからエリサちゃんが手に取ってくれた白いローブを受け取った友秋くんはそれを羽織り、廊下へと繋がる扉へと歩んでいきます。
自分とエリサちゃんの出会いを話すとこちらの頭が疑われそうなので、友秋くんとしてもあまり他言はしたくないのですが、うそのような本当の話しとして、“エリサちゃんはある一枚の絵画の世界”から、友秋くんの前に現われたのです。
もともとは一国の王妃様だったらしい彼女がなぜ知らぬ間に絵画の世界で眠らされていたのかは不明ですが、さすがは王妃様だけあって真面目で礼儀正しく約束は必ず守り、謙虚なくせに人使いがとても荒く友秋くんのことをいい手駒として考えている以外は文句なんてない少女なので、友秋くんも手を組んでいました。
それではご機嫌よう友秋と見送ってくれるエリサちゃんに、軽く右手を振ってあげてから友秋くんも自分が目指すべき所まで、赤い絨緞を踏んでいきます。
いま友秋くんが姿を置く「施政の間」は大聖堂の中でも北東部でした。
会いたい2人は大聖堂の中でも北西部の「演舞の間」にいてくれるはずです。
旭法神域に直属する龍人や歌い子たちがそこには控えてくれているようですが、友秋くんが会いたい2人は瑞葉くんから任され、彼らの統制役をしていました。
2人のことを考えれば、当然舞人のことだって頭には上りますが――、
《まだ大丈夫》
と友秋くんは自分に無理やりいい聞かせます。
一種の自己防衛本能なのでしょう。
でも実際のところはそう思っていい明確な理由もありました。
単純にいえば、“彼ら”もまだ動ける段階ではないからです。
舞人に似て有能である桜雪ちゃんによって大聖堂の全域には守護結界が張られていたようですが――その中心は王の間です。中央にある王の間から魔境に等しき魔法陣が派生し、ほかの五芒星の大聖堂へと神の加護が流れていたのでした。
中心の王の間から周囲の大聖堂へと繋がる連結路はだいぶ神の愛が混合していたので、最後まで友秋くんは誰も周囲にいない事を確認しながら――姿を消します。
友秋くんが訪問したい相手もこちらが透明人間になって来ることが予定調和だからか、友秋くんだけが知覚できる青い炎をご丁寧に置いてくれていました。
……でも昔はこうやって気配を隠していろいろやっていたんだよなぁ……。
過去を思い出せば優しい気持ちになれました。
友秋くんが柔和な微笑みを浮かべる中で目的の部屋の前にも到着です。
彫刻が凝った扉の奥には怜志くんと静空ちゃんが顔を揃えているはずでした。
いちいち緊張をする仲でもありませんが、2人の邪魔をしたいとも思いません。
とはいえ友秋くん的には長時間廊下にはいたくないので扉を叩きました。
愛玩にふける中で邪魔して、どたばたさせたら申し訳なかったのですが――、
「……友秋か……」
「待て待て。鍵をしめるな。逆だろ逆。扉を閉めるんじゃなくて開けてくれ」




