第5話:『真っ白な桜』と『もう1人の舞人』
結界の中では桜のような白き花びらが舞っていました。
3人が入った時は間一髪です。ドーム状の白き結界は入り口が狭まり続けていましたから。あと一瞬でも遅ければさすがの舞人も首なし人間だったでしょう。
それもこれも桜雪ちゃんがぽっちゃりで助かりました。
「何を笑ってるんですか、お兄様は。気持ち悪いですねぇ。――変質者ですか?」
「くすぐったいから耳にささやかないでよ、デブ――じゃなくて、桜雪ちゃん!」
桜雪ちゃんが両腕を首に回す力を強めるので、舞人がギブを訴える中でも――、
「やっぱりお父様と桜雪ちゃんはとても仲がよろしいのですね? よく瑞葉お兄ちゃんはお父様と桜雪ちゃんはエッチをするほどに仲がいいと教えてくれましたが、どうやらそれは本当のようです。あとで瑞葉お兄ちゃんに報告しておきます!」
「……そんな余計なことは報告しなくていいんだよ冬音! てかあいつは馬鹿だなぁ本当に! どうして冬音にそういうことばかり教えているんだよ!」
舞人のことがとてもお気に入りである瑞葉くんなら華麗に卒倒しそうなほどに、舞人は瑞葉くんを全力で非難しながらも無事に地面に両足を乗せられると――、
「でもこのわんわんさんは専門の人にみてもらうとしてもさ、冬音ちゃんの左足ならぼくの白い血を入れてあげて治してあげることもできると思うんだけど――」
「痛くありませんか?」
「痛くはしないね。エッチをするわけじゃないしさ。――まぁでもぼくは紳士だからエッチの時だって女の子に痛い思いをさせるようなことはしないけどね?」
「! 紳士は××××が小さいんですか?」
「違うよ! 別にぼくは××××の話しをしてるんじゃないよ!」
冬音ちゃんはにこにこでした。
世界一楽しそうです。
お人形さんである冬音ちゃんがお花のように表情豊かなのは舞人としても何よりですが、エッチな話題で盛り上がってしまうのは色々と複雑かもしれません。
「はいっ。オッケイだよ冬音ちゃん。もう大丈夫。傷と毒は完治できたかなぁ。――あとは早くみんなのところにいってわんわんさんのことをみてもらおうか?」
地面に膝付いた舞人が冬音ちゃんの傷付いた左足を桜吹雪で包むことで治癒してあげた中で、まだ弱々しげながらも先ほどよりは落ち着いた様子の犬さんを預かってあげていた桜雪ちゃんは冬音ちゃんに彼女のことを優しく渡し返してあげます。
地上へと降り立った舞人たちの右手側には今まで目指し続けていた光りの都の最重要拠点である大聖堂がみえましたが、それは“石造りの建築と森林が調和した美麗なる外観の城”が合計で6つも集合することによって形成されていました。
大聖堂から考えて東西南北には各所1本ずつ大きな通りがみられていて、それぞれ“道幅としては200メートルほどで距離が1キロメートル前後”であり、大通りの両脇には雑多な木造店舗が並んで街のメインストリートになっています。
でもそんな中でも龍人や歌い子たちは“南側の大通り”に集合していました。
先ほど舞人が上空からそこを俯瞰した感想としては人の少なさでしょうか?
舞人の記憶の中ではこの街にも龍人や歌い子は合計で8000人ほどいたはずですが、現在はそれよりも3000人ほど欠いてしまっていたのかもしれません。
犠牲者の中にも数多くの知り合いがいたのでしょう。いい気分はしません。
でもだからといって顔に出して落ち込むほど舞人も幼くはなかったのですが。
「でもすごく偉いね冬音ちゃんは? だって冬音ちゃんはさその犬さんを助けてあげるために“自分が危ないかもしれないよ?”ってことも覚悟したんでしょ?」
「以前からお父様とお母様は教えてくれました。『困ったさんがいたら手を差し伸べてあげるように』と。わたしはこの犬さんも“困ったさん”だと思ったのです!」
南側の大通りにいる龍人や歌い子たちを目指すために舞人たちが街中を歩み進める中で、すぐ左隣にいる冬音ちゃんの頭を舞人が優しく撫でてあげると――、
「? でもお父様? 何かお父様は急に雰囲気をお変えになられましたか?」
とても嬉しげに身体を寄せてくれていた冬音ちゃんの純粋な瞳が届きました。
「うん。まぁそれはぼくにもいろいろあるからね?」
「いろいろとは?」
「まぁ例えばだけどぼくは負なる者を知らないとか、天姫ちゃんを握るまで記憶を失っていたとか、体の中に鬼さんみたいな不思議な子が住んでいるとか――」
「? どうしてお父様はあの恐い人たちを知らないのですか? お父様とあの人たちはお知り合いではないのですか? 天姫ちゃんに歌ってもらってお父様はこの前もわたしたちを救ってくれたではありませんか。それがちょうど3日前ですよ?」
「……えぇ? それってマジ?」
「マジですよ。わたしはお父様にうそなんてつきません。絶対に」
「まぁそれは確かにそうなんだけど、ぼくは本当に負なる者の事なんて知らなかったし、天姫ちゃんに歌ってもらうことだってできないよ? もしもぼくにそんな力があるならさっき使ったはずだし、今意識したところでそんな力は使えないもん」
「でもあの方は絶対にお父様でしたよ? わたしがお父様のことを見間違えるはずがありませんもん。それに瑞葉お兄ちゃんや奈季くんもお父様をみています!」
これほどに説得力のある言葉もそうなかったでしょう。瑞葉くんはもちろんもう1人の親友である奈季くんの保証まであるなら舞人も頷くことしかできません。
「……えぇ。でもマジでそれってどういうことなんだろ。さっぱり意味がわからないや。――でもそうだ桜雪ちゃん! ぼくマニアの君はこの件をどう思うの?」
「……どう思うもこう思うもわたくしもお兄様が瑞葉様や冬音ちゃんの救世主になっていたなんて初耳ですよ。それにお兄様は本当に『負なる者』のことも知らなかったのですか? なんだかいつの間にか記憶を失ったのも冗談ではなくて?」
もちろんですがこの場にいる3人は誰もうそなんてついていません。それぞれが胸に抱く真実を口にしているだけなのになぜか話しが噛み合わないのです。
3人の間にもゆっくりと沈黙が落ちてしまいました。
何かがおかしいと感じていた舞人の違和感はさらに強まってしまうばかりです。
未だに舞人が気付けていない“この世界の齟齬”もあるのでしょうか?
でも舞人がそのことを確かめる前に――、
「やぁ。久しぶりだねみんな。遅刻ぎりぎりかな?」
やっと再会することができました。旭法神域の龍人や歌い子たちと。
舞人はこの時だけを願って何十万の負なる者の世界を突破してきたのです。
喜びも一入でした。
桜の花びらによって包まれていた少年少女たちの視線が舞人だけに集中します。
ほとんど間を置かれることもなく猛風が吹き荒れたような歓声が届きました。
彼らの声が紡ぐ風だけで舞人の黒髪や外套が激しく煽られてしまいます。
まさに待ち望み続けていた勇者様が現われてくれたような絶大なる賛美でした。




