第61話:『白眉なる女神たち』と『冥護の御殿』
大湊氏たちと食事を終えたあとの舞人は、完全にオフになりました。
舞人と祈梨ちゃんのことを冷やかすようにして彼らは、そそくさと「会食の間」からも退室してくれましたが、それはある意味で舞人にとっては幸運です。
ひとまず舞人は、誰よりも信頼する臣下の桜雪ちゃんに惟花さんのことを預かってもらうと、祈梨ちゃんをエスコートする形で、赤い扉の外へと一緒に出ます。
祈梨ちゃんの従者である双子の少女は、扉のすぐ傍で待っていました。
舞人の姿を見受けた2人は、慇懃に頭を下げてくれますが、『別にぼくに頭を下げる必要なんてないよ』という意味合いで、2人の肩を叩いてあげたあと――、
「ねぇ星音と願音? りのを途中まで送る為にさ、ぼくも付いていっていい?」
祈梨ちゃんの守護者である双子の少女とも、舞人は顔見知りでした。
どこか大人びた面がある少女たちも、年齢としては舞人と同級生のようです。
願音ちゃんと星音ちゃんは、2人揃って頷いてくれました。
思考や所作がこの双子は、まるで鏡にでも映っているように一致をします。
これは2人の愛らしさに拍車をかけていましたが、しかしこんな2人も時にはまるで感情が抜け落ちたように、冷酷で残虐な一面を向けることがありました。
『祈梨ちゃんの幸せはわたしの幸せで、祈梨ちゃんの悲しみはわたしの怒り』
が2人にとっての中心思想ですから。
星音ちゃんと願音ちゃんは《とある有名な宗派の一家》に生誕したため、祈梨ちゃんを支えるためだけの厳格な教育を、幼い頃から施されていたようなのです。
桜雪ちゃんには少し失礼かも知れませんが――、
《忠臣性があり、天賦の才と呼べる手腕で主人の補佐をし、さらには「幸運の持ち主」だということで、主人の傍にいるだけで不運から逃れさせることができる》
そんな2人はある意味で、桜雪ちゃんの上位互換系だったのかもしれません。
しかし桜雪ちゃんだっていざというときの忠臣性と有能さは群を抜いているので、決してこの2人に劣っているわけではないと、舞人は兄心で思っていましたが。
星音ちゃんと願音ちゃんは聡明な少女なので、こうして舞人が護衛を申し出れば、暗に祈梨ちゃんとの会話の機会を望んでいるとは、理解してくれました。
どこで盗聴されるかわからないし、歩きながらの会話が一番ではあります。
未だに舞人は祈梨ちゃんとの記憶の大半は失っていますが、食事の機会を挟んだおかげでさほど気まずさもないまま場は流れ、驚くほどに自然な形で――、
「でもさ、りの? りのって――このあとなら時間が空いていたりするのかな?」
今回の会話の最大の目的も、事もなく達成できました。
祈梨ちゃんと同じ夜を過ごせることなんて滅多にないので、淫靡な意味ではなく修学旅行中のような純粋な感じで、舞人の気持ちは舞い上がります。
でもそれは祈梨ちゃんの一存だけでは、決定できないでしょう。
舞人に一言断ってくれたあと祈梨ちゃんはいったんだけ立ち止まると、すぐ後ろを歩いてくれていた星音ちゃんと願音ちゃんに、このあとの予定を窺います。
2人から簡潔明瞭に、話しを受けた祈梨ちゃんは――、
「……ごめんね、まーくん……? ……わたしもう少しだけやらないといけないことがあるみたいだから――あと少しだけ待ってもらってもいいかな……?」
誘いを承諾できない申し訳なさとともに、確かな切なさも見受けられました。
でも別に舞人としては、祈梨ちゃんにこんな瞳をさせるつもりはないのです。
「ううん。別にいいよ、りの。気にしないで。忙しいのは当然だしね。それに別にぼくは逃げたりしないから大丈夫。少しぐらいの差なら何も変わらないよ」
祈梨ちゃんのために舞人が出来ることは、笑顔を嫁がせるぐらいです。
でも幸運なことにこれは、祈梨ちゃんに効果覿面でした。
舞人の前だからか、素直に視線を落としてしまっていた彼女も、決して他人行儀ではない微笑み顔を返してくれたので、舞人としてもほっと胸を撫で下ろします。
そしてそのあと祈梨ちゃんの従者である星音ちゃんと願音ちゃんまでも謝ってくれるので、「別に気にしないでいいよ」という思いを舞人は伝えてから――、
「でもさ、星音と願音? こんな時だからこそ、りののことをよろしくお願いね?」
優しさで胸が染まっているからこそできる眸を、双子少女へと向けました。
そんなこんなで4人で会話をしているうちに、目的地にも到着できます。
本来は県民向けの行政を司る施政の間が、今は賓客用の宿泊の館になっていました。でも建物の骨格自体はさすがに変わっていません。内装の変化のみです。
施政の間はもともと《市役所》のような役割を果たしていたので、普遍的に好まれるような内装をしていたはずですが、今はイメージが違っていました。
高級感が溢れ出るような作りになっているのです。
暖かい空気が流れる廊下の床には真紅の絨緞が引かれ、廊下内を照らすために石壁へとかけられている炎のランタンも、芸術品のような作りをしていました。
また廊下の壁のところどころには、絵画がはめられたりしています。
これらは全て桜雪ちゃんが、たった数時間のうちに行ってくれたものでしょう。
さすがの舞人も、桜雪ちゃんの敏腕さに舌を巻く中で――、
祈梨ちゃんの部屋へと繋がっている扉とも、無事に対面できました。
教会と寺院の最上者同士だということで、大湊氏の部屋が近くにあったりしたらすごく嫌だなぁと思いましたが、それは杞憂に終わってくれたようです。
暗殺者対策ということで、祈梨ちゃんたちの部屋はランダムに決められていて、誰がどこの部屋にいるかわからないように、一階にある「とある真紅の大きな扉」が転移の基点となって、それぞれの部屋へと繋がるという形のようでしたから。
特殊な施工を外窓にも施しているので、部屋の中の光景は外部に漏れません。
馬鹿げているとは思いますが、こんな馬鹿げていることをしないことをいけないほどに悪いことをしている自覚は、彼らにだってあるのでしょう。
自分が向かいたい部屋に行く時は、その部屋の住人の許可を受けると扉が開く仕組みだということをいちおう舞人は知ったあとに、余計な立ち話をするくらいなら、祈梨ちゃんが行うべきことを早く終わらせてあげようと思っていたので、「じゃあ頑張ってね、りの?」と言い残し、この場を立ち去ろうとすると――、
「……まーくん……?」
ほとんど目線が変わらない惟花さんと違い、胸元の下辺りから見上げてくれる祈梨ちゃんが生娘的に潤んだ瞳の上目遣いで、何かをいおうとしてくれます。
舞人は柔らかい色の瞳を向けて、その先の言葉を促そうとしました。
でも祈梨ちゃんは、小さな首を左右に振って――、
「……まーくんも頑張ってね? まーくんもいろいろと大変なんでしょ……?」
こうして明らかに何かをはぐらかされてしまいました。
しかし舞人もそれなりには空気が読めるので、必要以上の追求はしません。
こうして舞人は祈梨ちゃんたちと別れると、惟花さんと桜雪ちゃんと怜志くんが待ってくれている会食の間へと、忍者のような素早さで戻っていきました。
給仕の少女たちが食事机の片づけをしてくれている中で3人は椅子に座り、彼女たちと談笑していましたが、舞人は真っ先に惟花さんのもとへと歩み寄ります。
桜雪ちゃんに右手を握ってもらっていた惟花さんの、逆の手を握ると――、
『残念だったね、ま~くん? ――幼馴染の祈梨ちゃんは急がしそうで』
珍しく皮肉たっぷりに言われてしまったので、舞人は酷く困ってしまいました。




