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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter 1:Kiss to memory, because Kiss to lost.
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第4話:『溺愛の愛娘』と『黄金の猛虎』

 ポケットサックスの音色のようなもの。それが舞人の耳朶へと届いたのです。

 

 それは教会の関係者たちが救援を求める時に奏でられるものでした。


 だから今の舞人には2つの選択肢が与えられていたのです。


 助けを求める音へ自らの良心を向けるか、助けを求める音を無視してしまう。

 

 もしも助けを求める声を無視してしまえばまず舞人は助かるでしょう。

 

 でもその声に反応したりしたらいくら舞人だってどうなるかはわかりません。


 考えるまでもないでしょう。

 

 舞人は急ブレーキをかけると耳を澄まし、音色が響く場所を探します。

 

 左斜め奥にみえる2階建ての建物でした。そこからあの音色は届いています。

 

 建物を襲おうとしていた黒き影を一掃するために舞人は白き烈風を放ちました。


 そして舞人がその白煉瓦の建物の窓へと急ぎ、そこから顔を覗かせると――、


「……お父様……?」


 舞人にとっては愛娘という分類をできるのだろう1人の少女と目が合いました。


 彼女たちの誕生秘話は呆れなしでは語ることなんてできませんが、掻い摘んで説明すると、日頃から血迷ってばかりいる瑞葉くんが、『お人形さん遊びが大好きな妹の風歌ふうかちゃんのために妹たちを作ってあげよう!』と考えて、なぜかそのために舞人まで巻き込まれ、2人のお人形さんを作ってあげたというわけでした。


 そして瑞葉くんが舞人のことを――、


「このチョコレートばかり食べてる変なお兄ちゃんがね君たちのお父さんだよ?」


 と教えたせいで、本当にお人形たちは舞人の事をお父さんだと思っていました。


 お人形さんの冬音ふゆねちゃんはさすがは舞人の血を継承する存在です。

 

 すごい美人さんでした。

 

 もちろん舞人への皮肉ではありません。


 部屋の東端にみえる寝台へと背中を預けながら床に座り込んでいた冬音ちゃんは、茶色い毛並みのゴールデンレトリバーをなぜか腕の中に抱いてあげています。


 毛並みはとても立派な犬さんなのですが、とても弱々しげに呼吸していました。


「奇遇だね冬音ちゃん。こんな所で再会するなんて。その犬さんはどうしたの?」


「困ってましたお父様。だから助けてあげました。……でも死んじゃいました」


「いやっ。まだ死んではないでしょ。日本語間違ってるよ。――その子は少し元気をなくしちゃっているだけだから怪我を治せる人にみてもらえば、すぐによくなるはずだよ。だから大丈夫かな。――でもまぁ何はともあれさ、冬音ちゃんと犬さんのことをぼくが抱えてもいい? もう少しで結界が閉じちゃいそうなんだ」


「!!! もう少しでお父様の肛門が閉じちゃいそうなんですか!?」


「そんなわけあるか! なんでぼくが切羽詰まりながらそんな報告するのよ!」


 さすがは舞人の世界一可愛い冬音ちゃんです。生粋のお馬鹿さんでした。


 そもそも栃木県の最高指導者である瑞葉くんが、“世界のありとあらゆる現象を「神の文字」と「神の図形」という二種に分解できて、独自の魔法陣を生み出す”ということができる青年だったので、その恩恵を様々な面から受けていました。 


 その1つが“龍人や歌い子が離れても戦える”というものでしょうか? 


 本来は一緒にいるべき両者が別れられることで龍人側は隠密性や機動性に優れ、歌い子側は敵の襲来を気にせずに安全な場所から歌えるので優秀な戦法でした。


 おそらくは冬音ちゃんも本陣付近の少女たちに歌ってもらい、この近くで負なる者たちを消していたのでしょうが、傷付いた犬さんをみつけたために助けてあげ、その時に自分も左の太ももを負傷してしまい、この建物に避難したのでしょうか?


「でもさ冬音ちゃん? 本当にぎりぎりまでみんなは可愛い君のことを探してくれていたみたいだよ? だからまたみんなに会ったらちゃんとありがとうとごめんなさいをするんだよ? 冬音のことはぼくがみんなの所まで届けてあげるからさ?」


 連れていってあげるという表現ではなく届けてあげるという表現。


 それはもちろん今の舞人にとっても大きな意味がありました。


「……やっぱりあの子たちはこうやって囲んでくるよね。本当に賢いなぁ……」


 路地へと戻った舞人たちに黒き龍人たちは統率なき乱撃を見舞ってきます。


 何もかもが入り乱れすぎて周りで何が起きているのかもすでに把握できません。


 このような状況下で“黒の包囲網”を抜けるのは神懸っても不可能でしょう。


 いざとなると覚悟はあっさりと決まりました。


「ねぇ冬音。ぼくがあの子たちの事は引きつけるから君はその間に逃げて。それで瑞葉でも風歌でもいいからぼくの状況を伝えて歌い子さんを送ってもらえる?」


「……それはダメですお父様。それではお父様が大変になってしまいます」


「大丈夫だよ冬音。今はぼくのことを信じて。――ぼくたちは家族なんでしょ?」


 舞人としても嬉しかったのかもしれません。


 冬音ちゃんがこんなにも心優しい女の子に育ってくれていたことは。

 

 でもだからこそ舞人は思ってしまうのです。


 冬音ちゃんのことだけは絶対に守ってあげたいと。

 

 足を怪我した少女と、結界封鎖までの時間と、負なる者に完全包囲された現状。

 

 その3つの困難を突破するためにはすでにたった1つの導きしかありません。

 

 まずは右手側の冬音ちゃんを手放したら、そのすぐ後に左手側の犬さんも放して抱えさせ、2人を白き竜巻で運んだら、残りの敵は全て舞人が引き受けましょう。


 舞人はどうあれ冬音ちゃんたちを助けるにはそうするしかありません。

 

 一瞬さえも無駄にはできないので、さっそくそれを実行しようとすると――、


「!」


 何百という雷を終結させたような轟音と光りが舞人の上空で舞い起きました。


 さすがの負なる者も大規模で広域的な被害を受けてしまったことでしょう。


 冬音ちゃんを手放す直前だった舞人が空を仰ぎ見ると“雷撃の猛虎”でした。

 

 猛虎が咆哮をあげます。

 

 猛虎を右脇に従える少女の芸術品のような黒髪。それが冬の風に揺れました。


 彼女の澄んだ瞳と目と目で通じ合います。舞人は桜吹雪に進攻を願いました。


 静止した黒き海を幻のように駆け抜ける中で一瞬だけ桜吹雪を解除します。


 舞人の妹の桜雪ちゃんが背中に抱きついてくれました。空から落ちながら。

 

 守護者を護り終えた猛虎はまるで全てが幻であったように消えていきます。


「お待たせしましたお兄様と冬音ちゃん。お怪我などはありませんでしたか?」


「うん。ぼくたちは大丈夫だよ。ありがとう。でも桜雪ちゃんこそ大丈夫だった?」


「わたくしは問題ありませんが……どうしたんですかお兄様は。傍からみれば記憶を失ったあげくに珍奇な状態に巻き込まれた哀れな貧乏人にしかみえませんよ」


「いやっ。当たってる! 当たってる! 全部当たってる! 君が黒幕かな?」


「何が黒幕かなですか? 黒幕を用意されるほどたいした存在でもないくせに」


 感動の再会をしてそうそう無礼を忘れない桜雪ちゃんも舞人にとってはお似合いの歌い子でした。桜雪ちゃんの歌声さえ胸に届けばこの逆境でも希望はみえます。

 

 結界まで残り300メートルで、結界の完成まで残り3秒。


 どうしてこう舞人はいつもぎりぎりの人生を歩まないといけないのでしょう。


 ここからが本当の勝負でした。

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