第57話:『白い夢』と『黒い夢』
もともと大湊氏たちが望んだのは、負なる者の対策に関する話しでしょう。
でも負なる者がいったい何物なのかということは、彼らも詳細を知りえていないようですし、これから舞人たちが取るべき戦術を詰めていくのも準備段階なので、今回中心的な話題となったのは、舞人たちの戦力となる人々の話しでした。
しかしこれは桜雪ちゃんが教えてくれた事実と、完全に重複をします。
負なる者によって日本全域が侵されているので援軍を求められるような状況ではなく、現有する戦力が、負なる者と敵対するために使用できる全ての戦力だと。
予想通りに彼らは、「負なる者の存在なんて知らないはずの一般信徒たちが、各々が信仰する宗教の至上者に煽られ、内戦を行っている現実」には触れません。
そこを突っ込んでも無駄だとは舞人もわかっているので、黙りこくりましたが。
わざわざ大湊氏はデータを提示してまで、どれほど自分たちが苦境にあるか語ってくれましたが、そんなのはいちいち教えてくれなくてもわかります。将来的には相手が1億人以上の戦力を有するのに、こちらは15万人前後なのですから。
舞人が気になったのは、舞人たちにとっては唯一の希望の「白き弓」でした。
それは負なる者の発生と同時に東京都に出現したので回収をしたようですが、詳細はやはり不明で、現時点でも判明しているのは、その白き弓が負なる者を浄化する力を持っていて、使用回数と使用できる龍人に制限があるということです。
白き弓の解読は当然行っていますが、一般的な方法では不可能のようです。
「だから城崎の力が欲しかったが、星宮も知らないなら仕方ないな」
と大湊氏はいいました。城崎というのは当然、瑞葉くんの名字です。
舞人だって全てのカードを見せびらかすつもりはないので、白き弓から自分の母親の気配を感じたことは、心の中に隠します。報告したのは惟花さんだけです。
すると惟花さんは、なぜか寂しそうにする舞人の頭を撫でながら――、
『じゃあ舞人くんのお母さんが、舞人くんを助けてくれたのかもしれないね?』
浮き沈みのないただただ優しい声で、惟花さんなりの真義を教えてくれました。
しかし舞人は曖昧にしか頷けません。何かが心に引っかかっていたからです。
数時間前に抱いた不思議な感情が、再び胸の中で燃焼してしまう中で――、
「ということで、星宮。以上が俺からお前に話せる、負なる者についての全てなんだが――そこから俺が何を求めて、こんな話しをしたか、お前にもわかるか?」
テーブルに両肘を乗せて、好き放題話していた大湊氏が――、
いかにも小馬鹿にしたような調子で、舞人へと瞳を集中させてきました。
……なんだ。あいつ。本当に腹立つ顔をしているなぁ……。
と舞人は思いましたので、遠慮なく心中でぶっ飛ばします。
「さすがのお前たちでもお手上げだから、負なる者への共同戦線を張りたいのか?」
「その通りだ。よくわかったな、星宮。百点満点の回答だ。――この場にはいないレミナ・セリーヌにもあとで話しは通すつもりだが、まずはお前に聞いて、あくまで『お前たち』にその意思があるのかということを、俺は確かめたかった」
考えなくてもわかりますが、レミナちゃんなら絶対にノーといわないでしょう。
一天のように心が広い彼女ならみなの利を考え、イエスというはずです。
だからその点は問題ありません。舞人が一番引っかかったことは――、
「しかし私たちはどうあれ、一般の龍人や歌い子の軋轢は、どうするおつもりですか?」
まさしく桜雪ちゃんが大湊氏へと、問いかけてくれたことでした。
今まで黙って話しを聞いていた、桜雪ちゃんの発言ということもあり――、
この場にいる16人全員の瞳が、桜雪ちゃん1人へと注がれていきます。
でも桜雪ちゃんはまったく物怖じせずに、大湊氏のことをみつめ続けました。
そして珍しく大湊氏が、話し相手から瞳を逸らします。
全てを見通すような瞳をする桜雪ちゃんから、逃れるようにして。
「そこは俺たちが折れよう。星宮たちや異端者たちが無理に最前線に出る必要はない。最前線には俺たちが出る。あくまでもその補助を頼むつもりだ。馬鹿共が迷惑をかけたようだから、そのお詫びだと思ってもらっても結構だがな」
「……正気か、大湊?」
「もちろん正気だ。それとも俺の発言が、正気じゃないやつのものだと思えるか?」
「お前は普段から正気じゃないから心配をしているんだ。何を考えている?」
「友人でも恋人でもないお前に、どうして俺が全てを教えないといけない?」
「……そんなんだからお前は、信用されないんだ」
「隠し事だらけのお前だけには、俺もいわれたくないけどな」
駁した性格の大湊氏に口喧嘩で勝とうなんて考えた舞人が、間違いでした。
気まずくなったために、話しを最初の軌道に戻します。
「話しは通すけど、絶対にレミナはノーだといわない。お前たちが折れると知っているならなおさらな。――でも実際の戦場で、最大の決定権を持つのは大湊なんだろ? その時にお前たちが異端者たちを生贄にしないと、約束できるのか?」
「それはもちろんできない。戦場だから何が起きるかわからないからな。それともお前は異端者たちの命の方が、教会や寺院の連中よりも上だといいたいのか?」
「そういうわけではないよ。命は命であって、みんな平等の価値だと思うから」
「馬鹿をいえ、星宮。こんな腐敗した世の中では、そんな理想は通じない。綺麗な命もあれば汚い命もあり、高尚な命もあれば醜い命もあるのが、この世界の理だからな。――命というものの1つの概念として考えると、必ずお前は足元をすくわれるぞ。この世界では救いたい人を全て救うことなんて、不可能なんだからな」
「……」
「星宮。1人の人間として忠告してやるが、お前も死んでも守らない人がいる立場なら、いい加減にそういう甘い考えは捨てろ。――父親なんてものはほかの全人類が死に絶えたとしても、自分の愛する家族たちだけ守れればいいんだからな」
「……なんだお前。随分と熱く語るな……」
「俺はお前と違って、父親には嫌な思い出しかないからな」
違っての部分を強調されました。これはなんたる皮肉でしょう。
舞人は父親に嫌な思い出しかないことを知って、こんな事をいってくるのです。
「……やっぱりお前は性格が悪い。少しいい事をいったかと思ったらこれかよ」
「俺はお前のことが嫌いだからな」
「あいにくながらそれはぼくも同感だよ。ぼくもお前のことは大嫌いだ」
新雪のように白い髪の青年と、夜空のように黒い髪の青年の瞳が交錯します。
火花が散るというよりは、業火が吹き荒れそうな激しい視線の交流でした。




