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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter2:Kiss to hell,because Kiss to heaven.
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第55話:『少女の本心』と『暗黙の隠蔽』

 舞人が惟花さんと同じ仕草で、女王のように香り高き紅茶を頂く中で――、


「そういえば、星宮。お前、姫野とどのくらいぶりに会うか覚えているか?」

 

 また大湊氏が舞人に対して、茶々を入れてきました。


 暇さえあればちょっかいを出してくるところは、奈季くんそっくりです。


 どっちも早く死ねばいいのになぁ、と舞人は思いました。


「どうしてお前なんかにいわないといけない?」


「まさか覚えていないのか?」


「……覚えているよ。半月ぶりぐらいだろ……」


 大湊氏は『本当か?』という瞳を、左隣に座る祈梨ちゃんへと向けました。


 祈梨ちゃんは、右手側の大湊氏と彼の正面にいる舞人を器用に見比べてくれながらも、舞人だけにみせてくれている上目遣いの瞳のまま、小さく頷いてくれます。

 

 ほっとしたというのが、正直な感想でした。

 

 記憶は未だに失われたままなので、直感だけで言い当てましたから。


「まぁでもあなたたちにだって色々と仲を邪魔するものがあるし、積もる話はあるでしょ? でも今夜は負なる者が来ない限りオフだから、だいじょうぶよ?」


「余計なお世話だね、雅園。君は人の心配をする前に、自分の心配をしなさいな」


 ここぞとばかりに舞人は、福龍寺院の赤色お姉さんを煽っていきました。


 この話題なら反撃されないことを知っているからこそ、舞人も増長します。


 内心ではここぞとばかりに、フハハッと悪役な笑い声をあげていました。


 舞人の目論見通りに、援護射撃は行われます。


 神水教会の枢機卿をしている、水色ピアスの青年からです。


「行き送れだからな、雅園は」


「……失礼ねあなた。行き遅れじゃないわよ。まだ魅力を磨いている最中なのよ」


「でも路傍の石ころはどれだけ磨いたところで、宝石には変化しないだろ?」


 水色ピアス青年の正論の連続に、赤色お姉さんの頬が引きつりました。


 この場にいるのは野次馬大好きな人たちなので、2人の間にわざわざ割って入る人もいません。喧嘩に油を注ぐために、2人を囃し立てようとしました。


 やはり舞人も心の中では、今までのお返しとばかりに喧嘩を煽っていると――、


「やめろやめろ、お前たち。そうすぐに喧嘩腰になるな。喧嘩はもう舞人だけでお腹がいっぱいだろ。――ひょんなことで喧嘩する体質を、いい加減に治してくれ」


 真紅のお姉さんの左隣に座る怜志くんが、2人を隔てる絶壁となりました。


 喧嘩の傍観者をしていた面子はつまらなそうな態度を取りましたが、これは怜志くんを非難しているのではなく、赤色淑女のことを挑発しているのでしょう。


 舞人はどさくさに紛れて鼻の中で遊び、その時に付いた鼻の子供たちを桜雪ちゃんの《小難しい名前のティー》の中へと、跳ね飛ばそうかとしましたが――、


「!」


 なんだか怒られそうな気がしたので、やめておきました。


 しかし福龍寺院の赤色お姉さんは、いつも自分が煽る立場にいるので、煽りへの耐性はあります。グラスに注がれた、救世的な赤ワインで喉を潤すと――、


「ねぇ、そういえば怜志? 怜志はクリスマスあいてる?」


「俺か? 残念だけど俺は、子供たちとの約束があるからあいてないだろうな」


「空気の読めない人ね」


「誠実的だといってくれ」


「――静空も一緒なの?」


「それは聞いてないからわからないよ。一緒にいない可能性は低いだろうけど」


「……やっぱりあなたは空気が読めない人だわ……」


「ただ俺は『優しくない嘘つきよりも、優しい正直者』でいたいだけだよ」


「じゃあ私をその『優しさ』で満たしてよ」


「機会があったらな」


「怜志だって優しいうそをつくじゃない。――でも私はそんな怜志が大好きよ」


 ぎゃぁ~っ。怜志くんは真っ赤な妖怪に食べられそうになっていました。


 でもこれも怜志くんの人生でしょう。舞人が口出しするものではありません。


 舞人は静空ちゃんへの余計な報告を楽しみにしながら、紅茶を一飲みします。


 怜志くんと真っ赤な妖怪を中心に寺院側が盛り上がる中で、彼らとは対照的な位置に座る教会側でも、桜雪ちゃんを中心にして、話しが盛況をしていました。


 桜雪ちゃんたちは負なる者の件を除いて、お互いの近況を報告したあとに――、


「でもさ、桜雪ちゃん? 桜雪ちゃんだってさもういい年頃の女の子なのに、いつまでも舞人くんの背中を、『お兄様お兄様』って追いかけるだけでもいいの?」


 なんていう風に、まさしく余計なお節介を焼かれていました。


 舞人もお兄様として、どう桜雪ちゃんが切り返すか気になりましたが――、


「確かにそれは正論ですねぇ。百合坂ゆりさかちゃんのおっしゃる通りかもしれません。何も間違っていませんよ。――だから実はわたくしも、そのようなものは遥か昔に卒業してるんです。惟花さんのおまけにお兄様がいるから、いつも一緒にいるようにみえるだけで――すでにわたくしの中心は惟花様だけですから」


 うろたえなんて塵ほどもみられない流暢さで、こんな風に返答していました。


 さすがに舞人も、「がっかり」を顔に出しそうになります。


 でも舞人は桜雪ちゃんがうそをつく時に、瞳を逸らすどころか逆に相手へと視線を送り込むことを知っていたので、結局は喜びが心の中で踊りだしましたが。


 そしてそんな中で怜志くんたちは、瑞葉くんと奈季くんの話しに発展して、2人に何があったか知っているのかと、怜志くんは尋ねられていましたが――、


「いいやっ。俺は何も知らないよ。――お前たちのほうこそ何も知らないのか?」


 ハーブティーを飲んだあとに、こう聞き返していましたが――、


 怜志くんの黒真珠の瞳を受けた人々は首を傾げたり、肩をすくめるだけです。


 でもこれは予定調和でした。


 たとえ彼らが瑞葉くんと奈季くんに何があったか知っていたとしても、それを下痢のように止め処なく暴露するほど、能無しな存在ではないはずだからです。


 こんな風に教会側と寺院側で会話が歩む中で、では舞人と惟花さんは何をしていたのかというと、2人は柔軟にそれぞれの会話に混ざり、駄弁だべっていました。


 怜志くんや桜雪ちゃんが話しの潤滑油になってくれたことはもちろん、あまり直接的な話し自体はしなくとも、幼馴染である祈梨ちゃんが瞳に入り「日常性」が強まってくれたからか、舞人も心を散らかすことはなかったのです。


 そんなこんなで、オーダーした食事も運ばれてきてくれましたが――、


 ……あぁ。確かにあいつらは、あんな食べ物が好きだったよなぁ……。


 と舞人が思えるぐらいには、彼らも自分の好物を注文したようでした。


 ……でもそういえば『りの』は、グラタンが好きだったよねぇ……。


 なぜか封じられている記憶の箱が、少しずつ開かれていく中で――、


「でもさ、舞人くん? まだ舞人くんはさ、半熟のオムライスが好きなの?」


 神水教会でも福龍寺院でもない、また新たな女の子が、声をかけてくれました。


 金雲きんうん教会の枢機卿の名を威光にしている、少女です。


 舞人と同年代ほどでしょうか? むしろ少しばかり幼いような気もします。


 しかし恰好自体は決して幼くありません。単純に派手なのです。


 ローブというよりドレスを連想させるような服飾を、彼女は纏っていました。


 豪華の内観の王室に飾っておけば、真作のお姫様のように思われるでしょう。


 でも彼女は外見だけではなく内面までも、お姫様でした。


 裕福になりたいという理由だけで、日本中の神の愛を求めているのですから。


 人間にとって「金銭」や「幸せ」や「愛情」というものは基本的な欲求ですが、彼女は神の愛を手にすることで、それら全ての欲求を満たそうというのです。


 そんな百合坂ちゃんは、「舞人が御婿さんに来てくれる」という条件ならば、舞人との婚姻を望んでるそうですが、あいにくと舞人は悪魔に魂を売り贅沢するぐらいなら、たとえ貧しくても惟花さんと手を取り合って生きる未来を選びました。


「まぁね。甘い物以外でオムライスは唯一好きなものだからね」


「あとはフライドポテトとミネストローネも好きなんだろ、舞人?」


「……気持ち悪いなぁ、お前たち。どうして知ってる。ぼくのファンか……?」


 舞人の顔が青白くなりました。


 それなりに嬉々と運ばれていたスプーンも、ぴたりと止まってしまいます。


「舞人の大好きなお兄さんに教えてもらったのよ」


「……うそだろ、雅園。そっちのほうがよっぽどホラーだろ。どんな状況でぼくの好物を聞く流れになるんだよ。……ぼく専用の毒薬でも、ついに開発したのか?」


「ヴィオネッチャ302ね。でもそれも利いてない」


「……ざけんな。やっぱりお前たちなんかと夕御飯を食うんじゃなかった……」


 舞人の顔から血の気がなくなりました。故人のように青白くなります。


 左手から落ちたスプーンは、お皿と接触をして、甲高い音を鳴らしました。


 馬鹿正直な舞人の反応に、この場にいるみんなは微笑みを落としてくれます。


 惟花さんだって、常に舞人の身体を見張ってくれているからこそ、今の舞人の身体にはなんともないとわかっていたので、彼らと同じく微笑んでくれました。


 舞人は惟花さんさえ笑ってくれるなら、道化になることも一種の誇りです。


 むしろ惟花さんに笑ってもらうためだけに、舞人は道化になったのでした。


 そしてそんな中で、この場にいる人々に満遍なく話しかけて、律儀にそれぞれの食事をお邪魔していた大湊氏が、再び舞人と惟花さんに興味を示し始めました。


 なんて迷惑千万な人物でしょう。

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