第3話:『金髪の乙女』と『癒しの結界』
もちろんですが“歌い子たち”もさすがに戦場という環境下において本当に自らの声を声帯から響かせているわけではありません。彼女らは自らの武具や装飾品を反響装置代わりにすることによって大地へと自らの歌声を響かせていたのです。
龍へと捧げられる美歌。あれはこの国の歌とは根本的に何かが違いました。
そして何よりもあの迫る龍の色は”黒色”ではなく”銀色”なのです。
もしも仮にあの銀色の龍まで敵対者だったならさすがの舞人も窮地でしょう。
殺す殺されるの問題ではありません。わずかな時間をあの銀色の龍に奪われてしまっただけでも、今の舞人にとっては大きな問題となってしまいましたから。
「……てかあの子ってシェルファちゃん?」
でもそんな中で失われていた舞人の記憶がまた1つ絵になりました。
もしかしたら舞人はあの銀色の龍と旧知の仲なのかもしれません。
むしろ友人と呼べるほどの仲でしょう。
「久しぶりシェルファちゃん! やっぱりシェルファちゃんも無事だったの!?」
『おかげさまでね舞人。でもなんていうか舞人はこんな時もやっぱり舞人なのね』
シェルファちゃんが思わず笑ってしまうのももっともではあったでしょう。
黒き影たちによって染められた世界に1人でうろつく不審者ですから。
「最高の褒め言葉だね! でもお馬鹿なご主人様はどうしたのよ!?」
でもそんなシェルファちゃんにはいつもアイスばかり食べていて、ピンク色の紐付き財布を左肩にかける、自称“魔王様”の金髪の少女がいたはずなのでした。
なのに今はそんなロザリアの姿がみえません。
これには舞人も驚いてしまいました。
『実はね舞人。いま私はなぜか近くに姿がみえないアイス馬鹿のことを探していた途中なんだけど――舞人と出会ったらなぜかロザリアの居場所もわかった気がするわ。ありがとう舞人。ロザリアのことは私が助けるから問題ないわよ』
「いやっ。別にぼく的にはお礼をされるようなことはしてないんだけどさ、本当に1人で大丈夫なの……シェルファちゃん!? もしもよかったらぼくも――」
真紅の炎を市街地へと広範囲に放つことによって黒き影たちの動きを牽制してくれていていたシェルファちゃんは、“私のほうはぜんぜん問題ないわよ舞人?”と優しく舞人の背中を押してくれるようにして力強く炎を吹き上げてくれました。
「……わかった。じゃあシェルファちゃんにロザリアのことは任せるよ。ぼくたちも心配はいらないけど一応はこれを! お守り代わりにはなるだろうからさ!」
確かに火力という面から考えればシェルファ自身は問題なさそうですが、心配なのはロザリアです。ロザリアはシェルファちゃんがいなくては“常に数百円しか入っていないお財布”を持ち、1人でのお買い物もままならない少女でしたから。
それにそもそもロザリアのような金髪碧眼という異国特有の容姿を持っている人々は教会や寺院という組織から“悪魔の子”と指弾をされて、弾圧や迫害が行われてしまっていたからこそ、舞人にとっては余計に不安が募ってしまいます。
でも今はとにもかくにもロザリアとシェルファちゃんを信じるしかありません。
シェルファちゃんのおかげで大聖堂までも500メートルを切っていました。
「……でもなんだかんだいっても瑞葉たちなら優勢までは厳しくても五分五分ぐらいはいけそうだけど、今は負なる者の方が押せ押せムードなんだよねぇ……」
舞人の心の中に芽生えた嫌な予感。それは未来を黒く塗り潰しました。
混戦中だったはずの“白と黒の軍勢”に異変が起きてしまったのです。
まるで敗走でもするように瑞葉くん側の龍人が城壁内へと戻り始めたのでした。
「……もしかして一時的な結界か何かを張ろうとしているのかな……?」
傷付き果てた龍人や歌い子を“癒しの歌声”で包むために一時的な結界を張ることは理解できましたが、舞人としてはそのような展開になった暁には死の足音です。今の自分の唯一の力の供給源である歌い子たちの歌声が消滅しますから。
ドーム上の結界が完全に張り終わるまでに少なくとも20秒は計算できました。
「まぁそれでもぼくには十分過ぎる時間だけどさ」
雪色の刀からまるで“守護の盾”となるように桜吹雪が乱舞します。
でも本当にそんな時でした。悪戯な女神が雅な気まぐれを起こしたのは。




