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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter2:Kiss to hell,because Kiss to heaven.
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第49話:『衝突しあう至上者』と『笑い始めた神々』

 青き炎は姿を果てさせたはずなのに、体感温度自体はまったく変化しません。

 

 1人の青年が自身の憤怒を示すように、荒々しき白炎はくえんを身に纏ったからです。

 

 動いたと思った時には、すでに標的を間合いに捉えていました。

 

 なんて速さでしょう。

 

 しかし今にも舞人に首を刎ねられかけている張本人も、顔色を変えません。


 強がっているわけではなく本心から、舞人の激憤を楽しんでいるようでした。

 

 悪魔でしょう。地獄が生んだ悪魔ではなく、地球が生んだ悪魔です。

 

 刀と刀がぶつかり合う音がしました。

 

 舞人の兄が大湊氏との間に入って、攻撃を阻止したのです。


「さすがに非常識が過ぎるぞ、舞人! 今すぐに刀を納めろ!」


「ふざけるな、兄貴! 今すぐにそこをどけ! お前までそいつの味方をするっていうなら、ぼくはお前にだって容赦しない! ――そいつがどれだけの災厄をこの国に振り撒いたかは、お前だって知っているだろ!? そいつさえいなければ、この国はもっと別の歩み方をしていたはずだ! なのにお前たちがそいつのことを生かし続けたせいで、この国はこんなにも狂った! ――そういう腐った性根のお前が、ぼくは本当に大嫌いだよ! 親父とそっくりでな!」

 

 激情に身を任せていた舞人は、自身の全ての思いを全てぶちまけました。

 

 兄の前では絶対に口に出してはいけないことも、口走ってしまいます。

 

 パンッという音が、脳内に反響しました。

 

 左手で握っていた白き刀を、弾かれたのと同時に――、


 自分の目の前にいる、同等の背丈の青年の平手打ちが、左頬に刺さったのです。


 叩いたという表現では生ぬるい破壊力を、彼が放った右手は持っていました。

 

 怒りだけに捕らわれていたおかげで舞人は、痛みのようなものは感じません。

 

 口の中が裂けて、白き血で口内が満たされようと、怒りが最優先です。

 

 殺傷能力のある左の拳を、お返しとして放とうとすると――、


「ダメだ、舞人。お前が本気で殴ると兄弟喧嘩どころか、殺傷事件に発展しかねないんだよ。犯罪者になりたくなかったら、本気で殴るのはやめておけ。――それにそもそも舞人が友秋ともあきに喧嘩を売れば、あいつらにとってはいい見世物だぞ? イライラしているなら余計に拳を握るのはやめておけ。舞人だってもうそんなに子供じゃないだろ? ――それに友秋もだよ。こういってはなんだが、お前もすぐに舞人を煽るのをやめろ。仮にもお前のほうが兄貴なんだろ?」


「そんな出来損ないで、癇癪かんしゃく持ちの弟を持った覚えはないけどな」

 

 歯軋りをして獣のように唸る舞人は、感情のまま殴りかかろうとしました。

 

 しかし静空ちゃんは後ろから舞人を羽交い絞めにして、自由を奪います。

 

 舞人が冷静な状態でいないとは分かっているからこそ、手加減はありません。


 自分のありったけの力を使って、舞人という存在を束縛してきました。

 

 でも能力を使ってまで抑え込まないのは、静空ちゃんなりの愛なのでしょう。

 

 もしもここで自分の能力を行使して舞人のことを抑えてしまったら、それは舞人のことを人間ではなく、「化け物」としてみていることになってしまいますから。


「ちょっと、舞人。どうしてそんなにいつにも増して怒っているのよ。まずは落ち着きなさいってば。そんなに恐い顔をして怒っちゃダメよ。―ーあなたがそんな恐い顔で怒ったら、大好きな惟花はすごく悲しんじゃうからね? それが嫌ならまずは落ち着きなさいって――ちょっと、怜志。わたし1人じゃ押さえられない」


「だから本当に落ち着けってば、舞人。お前が本気で暴れると、この世界を平気で壊しかねないんだよ。――それ以外ならどんなことをしてもいいけど、どうかそれだけはやめてくれ。ここ数日間の俺たちの努力が全部水の泡になるからな」

 

 怜志くんは舞人の胸もとを強く押さえながら、目の前に立ちはだかりました。


 大湊氏や友秋くんとの視界を遮る《盾》になろうとしているかのようにです。

 

 しかし本来このような時の舞人の枷になるべき存在は、惟花さんでした。

 

 良くも悪くも舞人の手綱を握れていたのは、惟花さんだけだからです。

 

 でも当の惟花さんは酷い頭痛を覚えていて、舞人に気を配ってあげれません。

 

 これはよくない傾向でした。

 

 舞人の真紅の瞳はより赤くなり、体から噴き出る白き炎も強まっていきます。


「あらぁ! そんなにぷんぷん怒っちゃダメよ、舞人! 喧嘩先生はダメだわ!」 


「近づくな、ロザリア! 君だけはあいつに近づいちゃダメだ!」

 

 ロザリアが知っている舞人は、いつだって温厚な青年だったのでしょう。


 たとえ敵対者に、どれほどの怒りを抱いても――、

 

 味方に対して、殺気だった声音をぶつけることなんてありません。

 

 しかし今の舞人は《怒り》という感情だけに、理性をすり潰されていました。

 

 1秒後に何をするのかさえも、わからないのです。

 

 こんな舞人に怒鳴られれば、恐がりのロザリアは固まってしまいました。

 

 右肩に乗っていたペンギンのシェルファちゃんも、凍ったように硬直します。

 

 舞人は後ろを振り返らずに、背後へと叫び声を上げました。


「今すぐに異端者たちに臨戦体勢を取らせろ、レミナ!」


「――戦うの、舞人?」


「君は戦わないのか!? こいつらは君たちの敵なんだろ!?」

 

 レミナちゃんは舞人を愛する1人の少女の前に、異端者たちの指導者でした。

 

 個人的な感情どうこうで舞人の味方をするほど短絡的な子ではありません。そもそもレミナちゃんがそんな子なら、舞人は彼女をリーダーに推薦していません。

 

 いまこの時もレミナちゃんが考えているのは、自分の信徒の損利だけでしょう。

 

 でもだからこそ彼女は――、


「総員戦闘配置について。戦法は《天使の鐘ルリティアラ》でいいわ」

 

 躊躇いのようなものさえもほとんどなく、このような決断を下してくれました。

 

 レミナちゃんだって気付いているのでしょう。本当の意味でこの国を救いたいなら、「負なる者」と「人間の悪人」の両方を相手にしている余裕なんてないとは。

 

 それに今は舞人がいます。

 

 1人の少女としては、鬼神の如き殺気を放つ舞人を今にも止めたいのかもしれませんが、異端者たちの目線から考えると舞人は最高の味方なのです。こんな舞人を利用しないと考えるほど、レミナちゃんは先見の明がない子ではありません。

 

 枢機卿と老師たちはこの事態を恐れません。それどころか楽しんでいます。

 

 騒動に油を注ごうとして、教会と寺院の一般の信徒たちにも、彼らの目の前で何が起こっているのかということを隠蔽したりせずに、全てみせようとしました。 

 

 怜志くんはそんな枢機卿と老師を牽制するように、睨みつけながらも――、


「本当に頭を冷やせ舞人。いま俺たちが戦って何になる。せっかくあいつらが多少は友好的になってくれたのに、俺たちから喧嘩を売ったら何にもならないだろ?」

 

 戦場を左右する力と影響力を持っている舞人を、強く優しく諭しました。

 

 そしてこれも運命の1つなのか――、


「ダメだよ、舞人くん。今だけは本当に落ち着いてくれ。僕からもお願いだよ」

 

 決して幻覚ではない瑞葉くんの声も、舞人の脳内へと届いてきてしまいます。


 最後まで舞人を縛り付けていた良心の枷を、これは粉々に破壊しました。


「……そうか。そうか。そうか。……お前が生き返ったなら、瑞葉や奈季にあんなことを吹き込んだやつがいるのも、納得をすることはできるよな。笑えるぐらいにいい度胸だな、大湊。――ぼくに一度殺されたのを忘れたのか、お前。あいにくだけどこの世界の神はお前じゃなくて、ぼくだ。調子に乗るなよ、愚者が」


 白き炎が噴火しました。


 怜志くんや静空ちゃんはもちろん、300メートル近くも後方にいたレミナちゃんやロザリアにまで余波を与えるほどに、舞人の白き炎は吹き上がったのです。


 白き炎に触れられた人は、神の手にでも殴られたように弾き飛ばされました。


 人間と呼べる存在が排除された世界で残るのは、鬼神と悪の権化のみです。


 1人だけ涼しそうに白炎を防いだ大湊氏へと、舞人が特攻すると――、



「舞人くん! 自分の身勝手な気持ちと感情だけで誰かを傷つけちゃダメだよ!」

 

 これまた残り数メートルのところで、舞人の攻撃を阻む存在が現われました。

 

 舞人の右横を過ぎ去り、瞬間移動でもしたように前方に姿をみせたのは――、


「……惟花さん……!」

 

 やはり惟花さんも先ほどの白き炎の被害に、巻き込まれたはずでした。


 なのに彼女は誰よりも早く立ち直って、舞人の邪魔立てをしてきます。


 彼女が失っていたはずの、《5感と声帯》というものを取り戻した状態で。

 

 いつの間にか惟花さんの右手には、白き刀が握られていました。

 

 舞人が握る《天姫》と姉妹としか思えない、形と色をしている刀です。


「もし舞人くんが、また自分のためだけに誰かをあやめるなら、わたしが舞人くんの前には立ちはだかる。もう舞人くんにそういう事をさせるつもりはないから」


「……。……。……。……やっぱり惟花さんは――」

 

 怒声ばかり放っていた舞人がもの悲しげな感じで、何かをいおうとしました。

 

 でもその前に――、


「また別の負なる者が来たみたいだぞ星宮。そんなに元気があるなら前線で戦え」


 最後の最後まで道化でもみるような瞳を送ってきていた大湊氏からこんなことを伝えられ、さらには惟花さんからの阻害があれば、舞人も戦意を失いました。


「星宮。これからのお前の働き次第では、今回の非礼を忘れてやってもいいぞ」


「……ふざけんな、屑。非礼だんて思ってないだろ、お前は。もしも本当にそう思っているなら、楽しそうに笑って頬を震わせているんじゃなくて――怒りで頬を震わせているはずだからな。お前の近くにいた司教や法位ほういの多くの人間みたいに」

 

 舞人の指摘は的確だったのでしょう。大湊氏はより楽しそうに笑いました。

 

 やっぱりあいつは腹立たしい存在だと、舞人は再認識します。

 

 それに今回の件でプライドを傷つけられたのは、どう考えても舞人のほうでしょう。あれほどの殺気を迸らせたというのに、当の大湊氏がこの反応ですから。

 

 怒りは一気に燃え盛った分、消化をしてしまうのもあっという間でした。

 

 士気どころか、素の感情までもどん底に落ちた舞人が、死人の瞳をすると――、


「……ごめんね舞人くん? 本当はただ舞人くんが笑える世界を作ってあげたいのに、わたしに力がないせいで、悲しい世界しかみせてあげれなくてさ……?」

 

 刀を手放した惟花さんが、雫を瞳から落としながら抱き締めてくれるので、舞人は何もかもがどうでもよくなりました。どうして惟花さんが五感を取り戻してくれたのかということさえ、気になりません。あまりにも全てのことがどうでもよくなりすぎて、いっそのこと2人で死ぬのもいいかなぁと思ってしまいました。


 暗い瞳の色をする舞人が、いっこうに立ち直る様子をみせない中で――、


「――お父上。やっぱりあの方こそが、この世界が生んだ『神様』のようですよ」

 

 お化け青年は、1人で楽しそうに笑っていました。

 

 邪悪な微笑みというよりは、いっさいの曇りなき幼子のような微笑みでしたが。

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