第43話:『殺戮の嵐』と『黄金の大海原』 ②
七色の幻想は異端者たちの願いの象徴だからこそ、彼らの名はどんどん広まり、最終的には異端者たちの中でも5本の指に数えられるほどの組織に成長しました。
残りの4本指というのも、教会や寺院という組織に対抗するために武装集団と化しているところなので、平和的な集団ではもっとも規模が大きかったでしょう。
そしてそんな七色の幻想が本拠地としていたのは、教会全体で統治をしているために、内部のごたごたが明らかに体現化している群馬県に隣接をして、さらには親近者である舞人たちの威光も借りやすい――新潟県という地域でした。
教会側と異端者たちという2つの組織が、表立って同盟を組むことはさすがになくても、政治的な判断をするような人々には暗黙の了解で、両者は連合を組んでいるものだと――みならされていました。栃木県を襲ったらならば必ず新潟県は助けに入って、新潟県を襲ったらば必ず栃木県は救いに現われるだろうと。
だから教会側も七色の幻想の勢力の拡大は、黙ってみていたのでしょう。
現在に至るまでに七色の幻想は、『一般信徒が25万人、龍人が400名、歌い子が3000人』ほどの組織になっていたはずですが、この場には一般の信徒たちはいませんし、龍人と歌い子の数も半数ほどしかみることはできません。
一般の信徒たちと半数の龍人や歌い子を新潟県に残したまま、舞人たちにヘルプを求めてくれたということでしょうか? レミナちゃんは、自分の信徒たちを見捨ててまで自分だけ生き残ろうとするような、醜い人間ではありませんし。
レミナちゃんは七色の幻想を象徴する存在でもあるので、周囲には護衛の少女たちが控えてくれていましたが、実際は逆にレミナちゃんが、彼女たちを守るような形でした。護衛者が無能なわけではなく、レミナちゃんが強すぎるのです。
『なんでも見ることができる』という力を、彼女は所有していましたから。
瞳を使った意味での「みる」ということはもちろん、相手の弱点や相手の心も「みる」ことが、彼女はできたのです。精神的に隙がある状況でないと、心はさすがに読めないようですが、戦闘中だけでもその力を発揮できれば十分でしょう。
さらにレミナちゃんは――、
『放たれる弾丸の《速度》や《重さ》や《硬さ》を自由に掌握できる狙撃銃』
というウエポンも所有していました。
狙撃銃から放たれる烈風を纏った弾丸を使用して、黒き龍人を排除します。
でもそんなレミナちゃんは静空ちゃんと違い近距離の攻撃が苦手ですが、万が一接近された場合も護衛の少女や舞人のような人がいますから、危機は訪れません。
「じゃあいま奈季に反発しているのって、比較的に新入りさんってこと?」
新入りといっても、3日ほど前にレミナちゃんのもとへと来た人のことではなく、『数年内に七色の幻想に入ってきた人たち』というのが、ここでの意味でした。
「奈季が殺したのも――そうだしね」
「じゃあその人たちに従っていた人は、いまどうしているの?」
「――もちろん見捨てることはできないし、一応は付いてきてもらっているわよ」
「さすがはレミナだね。奈季や智夏ちゃんたちと違って、君は沸点が高くて助かる。今はぼくたちが仲違いをするべきじゃないからね。懸命な判断だよ」
「相変わらず――舞人は甘いのね?」
「君にだけはいわれたくないよ。たぶんそれはお互い様だ」
女性的な微笑みをレミナちゃんは浮かべ、男性的な微笑を舞人は浮かべました。
でも惟花さんとしてはこのような舞人の反応は、機嫌を損ねる理由になります。
「……くすぐったいよ、惟花さん、ぼくのわき腹を掴んでる。君は馬鹿か……!」
舞人はくすぐりが得意ではありません。
左手に握る刀がほろりっと落ちそうになりました。
惟花さんにぎゅっと抱きつかれなければ、気が緩んでいたでしょう。
『そんなにレミナちゃんに近づいちゃダメだよ、舞人くん。危ないもん』
「危ないのは惟花さんのほうだよ。人のわき腹をくすぐる人がいるかよ」
舞人は惟花さんにはたくさん甘えさせてもらったので、基本的に惟花さんが何をしても咎めません。それにそもそも惟花さんは常識人なので、叱られることはしませんし、舞人とレミナちゃんが話している時に、少しおかしくなるだけです。
「舞人に右手に抱いてもらいながら戦えるなんて、お姫様待遇でいいわね、惟花?」
『舞人くんはわたしの王子様だからね。だからお姫様待遇でもセーフ』
舞人を解せばレミナちゃんも、惟花さんの心をみてあげることはできました。
「でも舞人は自分からそんなことをいう人は――あまり好きじゃないわよね?」
「……えっ。んっ。どうだろう。まぁ惟花さんだから、何をいってもセーフ」
「へぇ。舞人がそんな差別主義者だとは思わなかったわ。すごく残念」
憎しみがあるというよりは、皮肉たっぷりな感じでいわれてしまいました。
これには舞人も困ってしまいます。
大げさに肩をすくめたくなりましたが、惟花さんとレミナちゃんは二人揃ってシャレにならない空気を纏っているので、舞人もふざけた反応をするのはやめます。
やはり惟花さんとレミナちゃんは、相変わらずの険悪具合です。
そもそもレミナちゃんは惟花さんと出会った時から、強い敵意を持っていましたし、基本的に他人にも寛容な惟花さんも、レミナちゃんだけは例外なのです。
2人とも将来的には教会や異端者たちというものを象徴する存在になるはずなのに、今からこれでは困りました。平和を求めるために舞人たちがこの国を治めたら、逆に激しい争いが起きてしまったなんてことになったら、本末転倒です。
「相変わらずモテモテね、舞人?」
静空ちゃんは、なんとも的確な指摘をしました。
他人に愛情をもらうことを何よりも喜ぶ舞人は、とても嬉しそうにします。
「でもこうして少し抜けているところが、あなたが気に入られる理由よ、舞人?」
静空ちゃんは、まるで誰かの面影をみているようでした。
彼女が舞人や惟花さんをみる時に、よく浮かべる表情です。
嬉しそうにはにかんでいた舞人を、土の中を移動することによって襲撃してくる黒き龍人や、目があっただけで身体を氷結させてくる龍人が襲ってきました。
前者は静空ちゃんが、後者はレミナちゃんが排除してくれます。
静空ちゃんは、空間掌握の力がありますし――、
レミナちゃんに至っては、相手をみる力がありますから。
だから彼女は目を合わせたりしなくても、銃弾で標的の心臓を射抜けました。
舞人としては驚きよりも、感謝の気持ちが大きかったかもしれません。
無駄に爽やかなお礼を行うと、今度は惟花さんが――、
『舞人くん。左斜め後ろの地面のほうからね――』
「うん。まずいね。――ロザリア近辺の人を退避させたほうがいいよ、レミナ」
「……もしかして、あの青い炎が吹き上がろうとしてるの?」
「その通りだね」
異端者たちを掃討しようとする連中にとっては、全てが予定調和でした。
舞人たちが異端者たちの味方をしたのさえも、筋書き通りだったのです。
《悪魔のような天使》と《天使のような悪魔》は、自らのためだけではなく、自らが信じている「神様」のためだけに、ただ異端者たちを掃討しようとしました。




