第39話:『平和的な君』と『破獄の鐘』
人々と明らかに一線を隔す力を持つのは、舞人としても喜ばしい限りでした。
そのおかげで今まで自分は守りたい人がいるなら、守り抜けたのですから。
化け物だから嫌だったなんていったら、それこそ罰が当たるでしょう。
しかしそんな舞人だって、多くの龍人や歌い子が12月下旬の冷たい雨を浴びて体調を崩しているのに、自分だけそのような傾向がないと、心は重くなります。
それじゃなくても舞人は、孤独や阻害というものを嫌うのですから。
そしてそんな舞人たちは善は急げで、異端者たちの救出に向かうことにします。
道中で万が一にも負なる者に遭遇した時のことを考え、移動手段は車です。
公共交通機関を使用する予定はありません。
舞人が運転することになった車は、市販されていた「ランサーエボリューション」を、瑞葉くんが所有する逸品の魔法で、多々の改造が施されたものでした。
瑞葉くんの車なら舞人が動かすことができます。
さすがに運転中にも惟花さんに触れるのは厳しいので、白き十字架のネックレスから出した白い糸を、惟花さんの同じネックレスへと繋げさせてもらいました。
舞人が異端者たちと合流さえできれば、彼らの活路は開かれるでしょう。
だから一個連隊を連れて行く予定はありません。
遠征の面子としては舞人と惟花さんは当然で、残りの数人が問題なのです。
宇都宮市の守護のために、桜雪ちゃんと美夢ちゃんには大聖堂に残ってもらう予定ですし、冬音ちゃんと智夏ちゃんは当初から連れていく予定がありません。
舞人的には惟花さんと、2人きりでもよかったのですが――、
「いやっ。さすがに俺たちもついていくよ、舞人」
「舞人と惟花だけに、全部任せるのも悪いしね。――でも別に2人の中は邪魔しないから大丈夫よ」
と怜志くんと静空ちゃんは申し出てくれました。
2人は舞人にとっての兄と姉代わりですし、特に拒絶する理由もありません。
これからの行程に対するある程度の相談を、舞人たちが終えた中で――、
「あらぁ! 超おはようよ舞人! また舞人に出会えて、余は超ハッピーだわ!」
桜雪ちゃんの部屋で眠り傷を癒していたロザリアが、登場をしてくれました。
自称魔王様とはとうてい思えないようなにこにこ笑顔を、向けてきてくれます。
とりあえず舞人がソファーから立ち上がり、冬音ちゃんの件を感謝すると――、
「ふははっ。それは気にしゅる必要はないわよ、舞人! だって余はね超強い魔王様だから、お友達先生や困っている人がいたら絶対に助けてあげるんだもん!」
とても大きなお胸を張り、全人類に誇っていいだろう発言をしてくれました。
「ありがとうございます、ロザリア! わたしのことを助けてくれて!」
「それはどういたしましてよ冬音ちゃん! 余はお友達の冬音ちゃんが元気になってくれたなら何よりだわって――そんなに余のお腕をぶんぶんしちゃダメよ!」
冬音ちゃんは魔王様のロザリアにも恐れるどころか、無礼な態度を取りました。
冬音ちゃんが生誕した頃からロザリアは遊び相手になってくれているので、冬音ちゃんにとっては魔王様というよりも、優しいお姉ちゃんなのかもしれません。
「ちょっと! 何よ、このぺんぎん! あたしの太ももの匂いをかいでくるんだけど?」
冬音ちゃんに玩具にされているご主人様に、シェルファちゃんは一瞥もくれずに、美夢ちゃんの方へとてくてく歩み寄っていきました。ちなみにですが今のシェルファちゃんの姿は龍ではなく、ぺんぎんです。大きさも一般的なそれでした。
「美夢は身体が臭いから、シェルファ様も匂いをかいでいるんじゃないですか?」
「失礼ね、桜雪は本当に! あたしは臭くないもん! チョコのいい匂いよ!」
美夢ちゃんは左隣の桜雪ちゃんに、紺色のカーディガンの匂いをかがせます。
桜雪ちゃんは、「おえっー」と遠慮なくえづきました。
美夢ちゃんの横顔へと、青い血管が浮き出たところで――
「あらぁ、ダメよシェルファちゃん! ……。……美夢ちゃんに迷惑かけちゃ!」
冬音ちゃんから解放をしてもらったロザリアは、美夢ちゃんの激憤にさえもお構いなしにお鼻をつけていたシェルファちゃんを、ぎゅっと抱っこします。
美夢ちゃんの真っ赤な感情は、なぜかロザリアへとも矛先が向かいました。
「今あたしの名前忘れてたでしょ、ロザリア! ――あなたまであたしには意地悪するの!?」
「そういうわけじゃないから、こしょこしょ先生はしちゃダメよ、美夢ちゃん!」
美夢ちゃんがロザリアのことを捕まえてくすぐる中で(傍からみると、暴漢が可憐な金髪少女を襲っているようにしかみえません)、再びてくてくと歩き始めたシェルファちゃんは惟花さんのもとへと歩み寄ってきました。ちょこんとジャンプをして惟花さんの太ももの上へと乗ると、親愛を示すようにして敬礼をします。
惟花さんはその返答として、シェルファちゃんの頭を慰撫してあげました。
シェルファちゃんは翼を羽ばたかせて喜びます。とても可愛いです。
シェルファちゃんはあまりの嬉しさに、気が狂ってしまったようでした。
美夢ちゃんに続いて、舞人の匂いまで確かめ始めたのです。
「シェルファちゃんは、匂いフェチなのかもしれませんねぇ。よりにもよってお兄様と美夢の匂いを確かめるなんて。惟花様とわたくしの匂いをかめば、至福になれるでしょうに」
舞人たちはロザリアが外国人さんだからといって、出て行けというつもりはありません。恩人さんだということはもちろん、よくよく思い出せば舞人たちはロザリアとも長い付き合いですし、そもそも舞人たちは差別などを行わないからです。
大好きなアイスを食べさせてあげながら、これからどうしたいか尋ねると――、
「――うーんとね、余は優しい瑞葉と優しい奈季を発見したい!」
真っ赤な唇にバニラアイスをくっ付けながら、こう宣言してくれました。
舞人はもちろん、この場にいる誰もが思っていた事を、口にしてくれたのです。
そしてそんなロザリアは、異端者たちの話しを聞くと――、
「えぇ!? みんなもあの恐い人たちに攻撃されちゃってるの!? じゃあ余が助けにいってあげなくちゃ! シェルファちゃんみたいにお馬鹿なみんなだけど、余のお友達だもん!」
スプーンを持った小さな拳を、勢いよくテーブルへと叩きつけたロザリアの熱意は、よく伝わってきました。今回はロザリアの意志を尊重します。ちなみにですが机を叩かれた衝撃につられて、ソファーに座っていたみんなは一斉に跳ねました。
歌い子ができるロザリアが同行してくれるので、歌恋ちゃんたちには、この場に残ってもらいます。今回の作戦は少人数がベストなのはもちろん、この街にいる信徒たちの回復を早めるにも、1人でも多くの歌い子の力を要したからです。
みんなに見送られて宇都宮市を出立した舞人たちの車内の状況は、運転席に舞人で、カーナビが使用不可だから地図読み取り担当の怜志くんが助手席で、舞人後方の後部座席にロザリアとシェルファちゃんで、怜志くん後方の後部座席に静空ちゃんで、そしてそんな2人に両側から守護されるように惟花さんという形でした。
午前9時ごろに出発して、かれこれ1時間30分ほど立ったでしょうか?
やっとのことで舞人たちは、群馬県との県境の足利市に到着できました。
高速道路を走っている時に負なる者に襲われたら逃げ道がないので、基本的には一般道を使用して、高崎市へと向かっています。日光街道や栃木街道をその途中で通りましたが、負なる者に遭遇することはありませんでした。舞人が生まれた時から存在をしている、宗教都市としての街並みが広がっているだけです。
しかし負なる者と同時に、一般市民も見当たりません。
負なる者に飲み込まれてしまったということでしょうか?
抵抗さえなかったのか戦闘の痕跡もなく、人々が消えているだけです。
栃木県に住む人はみな瑞葉くんの信徒なので、舞人としても強く胸が痛みます。
しかしだからといって今の舞人では、なんら手を打つことができません。
「でもどこに消えたんだろうね。この街にいる負なる者たちは」
「まぁ負なる者にも弱肉強食はあるだろうからな。それは色々あるんだろ?」
それにもしもこれから舞人たちが、日常的な風景が広がっているエリアに運よく行けたとしても、手放しをして安心できるわけではなかったでしょう。
惟花さんや美夢ちゃんを暗殺しようとした少女たちや、瑞葉くんの離反のあとに舞人たちへと反逆し始めた龍人や歌い子には、ある特徴があったからです。
それは、「外見が負なる者のように惨憺とした影になっていなくても、内面は負なる者と同等の感情や思考によって支配されている」というものでした。
どれほどの規模かは不明ですが、負なる者にも「亜種」が登場しているのです。
しかしこれは当然閉口令をしかないといけません。
無差別にその情報が広がり、龍人や歌い子たちが疑心暗鬼に満ちてしまったら、自軍の戦力はそがれて、負なる者の戦力を爆発的に増加させてしまうからです。
とんでもない事をやってくれたなぁ、というのが正直な舞人の感想でしょうか。
国道50号線の足利バイパスを走りながら、ちらっとバックミラーを窺います。
静空ちゃんとロザリアに守られている惟花お嬢様は、とても眠たそうでした。
頭をこくんこくんしてしまっています。
舞人が運転しているからと、眠気と対立をしてくれているのかもしれません。
でも無理に起きている必要もないでしょう。
それじゃなくても惟花さんは、昨日から質のよい睡眠を取っていませんし。
『惟花さん。別に無理とかはしなくていいよ。眠いなら遠慮なく寝ちゃって』
という旨を舞人が伝えても、うたた寝状態からお顔を上げた惟花さんは――、
『! ううんっ。大丈夫だよ、舞人くん。わたしはぜんぜん平気平気』
とまぶたを大きく開いて返してくれるので、舞人が困っていると――、
「あらぁ! 舞人! 女の子よ女の子! 超危ないわ! ブレーキよブレーキ!」
窓硝子にひびが入るのではと思えるほどの大声を、ロザリアが発しました。
急ブレーキまではいきませんが、それなりに強く制動板を踏み込みます。
惟花さんの事は静空ちゃんが押さえてくれました。感謝の思いしかありません。
そして今まではロザリアに抱っこをされて――、
「しゅぴぃ。しゅぴぃ」
という寝息を立てていたシェルファちゃんは、不滅かと思えるほどに大きなご主人様の声で起こされたせいで、ロザリアの頬をぺちんっぺちんっ叩いていました。
一刻でも早く舞人としては異端者たちと合流をしたいし、車を律儀に停止させている間に負なる者に襲撃をされてしまったら本末転倒なので、今までは交通法規を無視させてもらっていましたが、人がいるならそういうわけにもいきません。
目の前に広がるのは、十字路の時差式信号の横断歩道でした。個々の個性がみられるローブを羽織った高校生ほどの少女たちが、確かにそこを渡っています。
よくよく考えたら学生たちは、冬休みなのかもしれません。
学校なんていったことのない舞人は、食べかすほどの実感も湧きませんが。
信号待ちをする舞人たちの左側には石造りの建物の飲食店が存在をしていて、国道に併設をされている樹木の向こう側には、数キロ先の教会堂を視認できました。
それは大きさ的にこの街の市役所的な役割を果たす、宗教堂かもしれません。
天辺に突き出る2つの塔が、印象的な建造物でした。
群馬県は、「寺院側」が統治している長野県と接しているために、教会全体で支配する防波堤となっていたからこそ、より教会的特色は強かったかもしれません。
信号機の上にある地名表示板には、「太田市植木野」という看板が出ています。
話しをしているうちに舞人たちは、栃木県と群馬県の県境を越えたようでした。




