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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter2:Kiss to hell,because Kiss to heaven.
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第37話:『透明なる眠り姫』と『真紅の決心』 ②

「……? ……お父様……?」 


 ばちばちとまぶたを開閉させている様子からみても愛娘の冬音ちゃんは、今の自分がいったいどのような状況にいるのかという事は、理解できていないようです。

 

 目覚めた時に舞人が近くにいてラッキーぐらいにしか思ってないのでしょう。

 

 でも舞人は冬音ちゃんが目覚めてくれるこの瞬間を、待ち望み続けたのです。


 実際にその瞬間が来たとなれば、それそれ相応の愛情が漏れてしまいました。


「……よかった冬音。またこうして君の声が聞けて本当によかったよ……」

 

 両手を使って左手を握ってくれている舞人に、感無量な感じでつぶやかれると、「?」という表情を保持していた冬音ちゃんも、さすがに合点がいってくれます。


「――お父様! お父様はご無事だったんですか?」


「……うん。ぼくは無事だった。冬音ちゃんのおかげでね。本当にありがとう」


「それなら本当によかったです。お父様がご無事なら、それが一番ですから」

 

 冬音ちゃんは早朝の太陽よりも晴れやかな笑顔を、向けてくれました。


 負い目がある舞人としては、どんな表情を返せばいいのかわかりません。


 冬音ちゃんの視線からの盾となるように、白き髪は垂れ下がってしまいました。

 

 そしてそんな中で冬音ちゃんは、より舞人のほうに近寄ろうとするために身体を動かそうとしてくれましたが、下半身はいうことをきいてくれません。何かの勘違いかと思って力を込めても、決して思いが届くことはなかったのです。

 

 舞人は謝罪をすることしかできませんでした。


 俯きながら、そして声を震わせながら。


「……ごめん。冬音。ぼくのせいで――」


「気にする必要はありませんよ、お父様。わたしなら大丈夫です。なんでも出来るお父様ならすぐにわたしのことも治してくれますから。ぜんぜん悲しくないです」

 

 下半身が不自由になってしまった人の悲しみなんて、舞人には想像できません。


 それでなくても舞人は、白き血液というものが流れているのですから。

 

 しかし冬音ちゃんはただただ舞人のことだけを思って微笑んでくれて、本来は舞人が励ましてあげるべきところで、逆に自分のほうから励ましてくれるのです。


 舞人の冷え切った両手を冬音ちゃんは、自分の両手で握り返してくれました。


 冬音ちゃんはとても強いのかもしれません。


 でもだからこそ舞人は、こんな冬音ちゃんとどんな表情で向き合えばいいのかわかりません。喜ぶのも違うはすですし、悲しむのも何かが違う気がします。


 しかしそれでも結局、冬音ちゃんの笑顔に負かされてしまった舞人は――、


「……ありがとう、冬音。……君のことはぼくが必ず治すから、安心していいよ」

 

 という心からの感謝の言葉を、冬音ちゃんだけにみせれる笑顔で譲渡しました。

 

 優しさが滔滔とうとうとした笑顔で、冬音ちゃんはそれに応じてくれると――、


「お母様。お母様もご無事なら本当によかったです。とても危なかったですから」

 

 舞人と同じく気にかけてくれていた少女たちにも、頭を下げていきました。


『―ーあの時は助けてくれてありがとうね、冬音ちゃん? 冬音ちゃんが助けてくれたおかげで舞人くんとわたしはいまこうしていられるんだし、本当に感謝してるよ? ――でもどこか痛いところや苦しいところがあったりはしてないかな?』


「本当にわたしは大丈夫です、お母様。心配してくれてありがとうございます。お母様に心配してもらえて、とても嬉しいです。でも本当にわたしは大丈夫です。――あと桜雪ちゃんや美夢ちゃんも、ありがとうございます。お父様やお母様や、智夏やわたしのお友達のことを守ってくれて。本当に嬉しいです。とてもありがとうございました。――それにやっぱり智夏もありがとうございます。大変なところでお友達たちのことをいっぱい守ってくれましたから。……でも智夏はお腹がすいてしまっているんですか……? ……お顔が鬼さんみたいに恐いです……」


「……いくらわたしだって、ただお腹が好いているからってこんなには怒らないわよ……。……美夢と一緒にしないで。……でもこれからは勝手にわたしの傍を離れちゃダメだからね、馬鹿冬音。あなたは馬鹿でみんなに迷惑ばかりかけているんだから、これからは勝手にどこかにいかないで、ずっとわたしの傍にいなさいよね」

 

 智夏ちゃんは冬音ちゃんと話しているというのに、いったいどこをみているんだかわからないぐらいにお顔を下げながら、紅唇を震わせます。紅潮しながら。

 

 視線が届かないからこそ智夏ちゃんの心は冬音ちゃんにもよく伝わりました。

 

 冬音ちゃんは満面の笑みになります。

 

 そしてとても嬉しそうに感謝を告げる冬音ちゃんと、恥ずかしそうに突っぱねる智夏ちゃんのやり取りは、双子の両親的には、とても微笑ましいものでしたが。

 

 こうして目覚めてくれた冬音ちゃんは、どこか移動をする時のための車椅子は舞人に押してもらって、ご飯を食べる時は智夏ちゃんや惟花さんに甘えて、桜雪ちゃんと美夢ちゃんには一緒にお風呂に入ってもらったりと、舞人たちが心配をし過ぎていたのではと思えるほどに、とても楽しそうに過してくれていました。

 

 しかし舞人だって愛嬢が気にしていないからといって、今回の事を清算させるつもりはなく、冬音ちゃんのお願いなら全て聞いてあげるつもりでした。


 でもさすがに異端者たちの救出に同行をしたいという願いは、例外です。

 

 まるでみえないものでも掴むように、強く左手を握ってくる冬音ちゃんの――、


「ねぇ冬音ちゃん。もうすぐクリスマスだけどさ、君は何か欲しいものはある?」

 

 喉が渇いてしまうほどにバニラの香りがする黒髪へと、唇をつけました。


 ほかの人たちは不思議な日本に対する真剣な話し合いをしていても、そんなのお構いなしです。むしろ自分だけ話しに混ざれない事に、舞人はいじけていました。


「お父様と一緒に過ごせさえすれば、わたしは十分です」


「君は惟花さんかよ」

 

 冬音ちゃんの後頭部を軽く叩いた舞人は、にこにこでした。

 

 冬音ちゃんに影響されたからか、だいぶ舞人の表情も回復してきたのです。


 こんな舞人の事も惟花さんや怜志くんは咎めませんが、智夏ちゃんは生みの親というより犯罪者でもみる瞳を向け、美夢ちゃんは呆れるというより嫉妬してきて、相変わらず桜雪ちゃんは道端に散る下呂でもみるような瞳を繰り出してきました。


「――清々しいほどに話しを聞いていませんねぇ、お兄様は。お兄様が阿呆な点はいまさら咎めませんが、阿呆だからってなんでもしていいわけではないでしょう。四捨五入をすれば二十歳だというのに何を考えているんですか、お兄様は」


 桜雪ちゃんは正論でした。


 舞人は自衛のために、惟花さんの妹の美夢ちゃんにまで非難の矛先を向けます。


「……むみぃ。桜雪や智夏に非難をされるのはまだわかるけど、美夢だけには馬鹿にされたくない。君はさっきまでさ、『今日のお昼ご飯』は何かなぁって顔をしてたじゃん」


「し、失礼ね舞人! そんな事はしてないわよ! ちゃんとあたしだって意見を出してましてたから! 舞人なんかよりはあたしのほうがこの国に詳しいもん!」


「はぁ。つまらないうそをつかないで下さいな、美夢は。今さら何を恥ずかしがっているんですか。そんな雪だるまみたいな体型をしているくせに、あたしはデブじゃないアピールをやめてください。暑苦しいだけでなく――見苦しいですから」


「許さないわ、桜雪! どんだけあなたは、あたしをけなせば気が済むのよ!」

 

 今にも雪だるまアタックしようとする叔母さんの美夢ちゃんを智夏ちゃんは、左手で押さえました。おなかの肉を握っているのは偶然ではなく、わざとでしょう。


『……う~ん……』


『どうしたの惟花さん。そんなに唸って。冷蔵庫のモノマネでもしてるの?』


『似てた、舞人くん?』


『うん。似てたよ。惟花さんのモノマネなら、世界の誰よりも似ているからね?』


『……ありがとう、舞人くん。舞人くんからそういってもらえると、世界で一番嬉しいかもしれない。――でもさ、この日本地図さんってやっぱり変だよね?』


『――県の数が少なかったり、場所がおかしいところがあるよってこと?』


『それももちろんあるんだけどね――ほらっ。見てみて、舞人くん。東日本さんと西日本さんで変化をしているところに大きな差があるでしょ? 東日本さんのほうはほとんど変化がないのに、西日本さんのほうはそれに比べて顕著じゃない? 九州地方さん辺りは特に酷いでしょ? これは偶然じゃないような気がするの』


『……じゃあ今までのこの国の現状とかに、関係しているってことなのかな?』


『――かもしれないけど、だとしたらそのヒントが残っているかだよね? 消えちゃっている府県の情報は、もうここでは改ざんをされてるかもしれないしさ?』

 

 舞人としても惟花さんの推測には、頷くことしかできません。

 

 本当にこの国には、いったい何が起きてしまったというのでしょう。

 

 負なる者がいるかもしれないと想定をされているエリアや、教会や寺院や異端者の予測分布が記されている意味深な日本地図を、舞人は凝視してしまいます。


 そしてそんな中で――、

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