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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter2:Kiss to hell,because Kiss to heaven.
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第35話:『奇跡の存在証明』と『白き刀のお姫様』

 雪色の髪を揺らす舞人は自室を飛び出ると、螺旋階段で瑞葉くんの執務室に降り、そこの扉から王の間の4階の廊下へと出て、午前四時の冷気を浴びました。


 石造りの建物であるために、余計に肌寒く感じます。


 長袖一枚に白のジーンズの舞人は、さすがに寒気を覚えてしまいました。


 舞人は左右に視線を巡らせながらも、一歩を踏み出すことができません。

 

 これほどに広い大聖堂内で、敵の捜索をするとなると一難を極めたからです。


 みなから「王の間」と呼ばれている、現在舞人がいる中央区域だけでも4階建てで、合計で20近くの部屋があります。そしてほかにも南東にある「礼拝堂の間」や北部の「議会の間」、南西にある「魔法の間」や北東の「行政の間」、さらには北西の「演舞の間」です。馬鹿正直に全てを見回ったら、数時間はかかりました。

 

 でもだからといって誰かに応援を頼むことも、現実的ではありません。

 

 確かに舞人が気心知れる、怜志くんや静空ちゃんなどの上位の龍人たちは、龍人や歌い子のための建物の「演舞の間」に控えてくれているのかもしれません。


 しかし舞人がそちらへと向かっている間に、侵入者が目的を遂行し終えてしまう可能性が、あまりにも高かったでしょう。舞人としてもそれは癪なので、彼らよりも先に手を打っていくということが、自然と求められたということです。


 とはいえこれほどに広い大聖堂内で、どこに絞って捜索すればいいのでしょう。


 怪しいところがあり過ぎて検討がつかず、憂き目に遭ってしまう中で――、


「……もしかしてぼくに用があるのかな……?」


『屋上に来るように』という暗示が、警報音に混じって脳内へと響き渡りました。

 

 罠である可能性も否定はできませんが、敵の尻尾さえ掴めれば舞人のものです。


 迷わずに舞人は、屋上を目指すことにしました。

 

 氷点下の冷気が包み込む廊下を、革靴が石床に当たる音を響かせながら右方向へと駆け抜けていけば、建物の内側にある両開きの仰々しい扉を発見できます。


 市内を見渡すための建物は別に用意されていて、この屋上は一般開放などはされていませんなので、屋上へと繋がる大きな扉は「鍵」がかかっています。


 白き血液を流すことによって、開閉するしかなかったでしょう。


 桜雪ちゃんが準備を終えていたおかげで、城内には彼女の歌声が響いています。


 舞人が自分の体躯よりも大きな扉を押し開くと、20段ほどの階段が暗闇に現われてくれました。この階段を駆け上がっていけば、屋上へと繋がる扉と衝突することができるでしょう。先ほどと同じ手順で鍵を開けて、この扉も押し開くと――、


「やっぱりあなたになら、私の声も届いてくれるわよね。あなたの周りの『変な人たち』に邪魔されるかと思ったけど、そんな事もなかったみたいで何よりだわ」

 

 屋上は円形でした。


 直径で50メートルほどの円形の空間が、そこには広がっています。


 胸ほどの高さの落下を防ぐ壁以外は、遮蔽物などはまったくありません。


 12月下旬のまだ太陽も出てないような時間帯で、屋上を照らしているろうそくの炎が強く揺れるような風が吹いていれば、身震いを覚えるような寒冷さでした。


「……奈季の傍にいた君か。何のつもりか知らないけど、惟花さんを離してくれ。ぼくは君と争うつもりはないよ。惟花さんに手を出さない限りはだけどね」

 

 屋上で体面したのは、舞人が強く面識がある少女です。赤のピーコートと黒と赤のチャックミニスカートで身に包む少女は、奈季くんの隣にいた少女でしょう。


 赤という活発な色を着ている割には、相変わらず不活発そうな雰囲気を纏ってもいました。何をやっても否定から入るような雰囲気が、少女にはあったのです。

 

 しかし何を思ってそんな少女が惟花さんを、人質紛いにしているのでしょう。


 純白の頭髪を風になびかせている少女は、寒さによって感覚が失せ始めているんだろう白き手を惟花さんの首元へと回し、惟花さんの自由を掌握していました。


 力なく伸ばした右手には、白色の刀がみえます。


 少女に拘束をされる中でただ俯いている惟花さんも、場を流れる空気によって自分の立場は察しているのか、決して微笑ましくなるような表情ではありません。

 

 しかしあの少女はどのような手段で、惟花さんを自分の手元へと引き寄せたのでしょうか。美夢ちゃんと智夏ちゃんという、絶対的な守護者がいたはずなのに。


「そう思うなら、まずは左手の刀をこっちに渡してよ。余計な動きはしないでね」

 

 少女の狙いとしては舞人の攻撃手段を奪うというより、白き刀の「天姫ちゃん」そのものに用があったようでした。もとを辿ればこの白き刀も、舞人が心酔していた少女が愛用していたものです。現在の使用者である舞人が全ての力を引き出せているかは不明ですが、まだ知らぬ希少価値があっても何もおかしくありません。

 

 しかし舞人にとっての天姫ちゃんは、特別な力があるという意味ではなく、ずっと傍にいてくれたという意味で――大切な存在なのです。惟花さんと同じくくらいに天姫ちゃんは常に舞人の傍にいて、窮地を助け続けてくれたのですから。


 そう簡単に手放せるはずがありません。


 自分の命を預けることができる、たった一人の相棒なのですから。


 舞人にとっては惟花さんも天姫ちゃんも、手放すことができない存在なのです。


 どちらか1つを選ぶことなんて、できるはずがありませんでした。


「――はいっ。もう時間切れよ。遅すぎるわ」

 

 はっとした瞬間には舞人の左手に握られていた白刀が、少女の右手の白刀と移り変わっていました。天姫ちゃんを強制的に転移され、奪われてしまったのです。

 

 惟花さんと舞人を守り続けた白き刀が、惟花さんの首元へと突き付けられます。


「人のことを青臭いって――あなたも馬鹿にできないじゃない。いざという時に大切な何かを切り捨てることができないで、大切なものを全て守ろうとするんだもん。――この世界ではそれが不可能だっていうことに、まだ気付いていないの?」


「……気付いているよ。ぼくだってそんな子供ではないつもりだ。――でもいくら現実を知ったところで、それを理由にして大切な何かを犠牲にしてしまうような大人だけには、ぼくは絶対になりたくない……」


「本当にあなたは考えていることだけはご立派ね。――でも、『大切なもの』を何も守れていないあなたがそんな台詞をいっても、滑稽なだけじゃなくて?」

 

 少女としては舞人のことを出し抜いたつもりなのかもしれませんが、必ずしもそういうわけではありませんでした。確かに天姫ちゃん自体は失ってしまいましたが、彼女は手元から離れる直前に、自らの力を舞人に残してくれていたからです。


 その気になれば白き刀を奪い返し、惟花さんの奪還さえも可能でした。

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