第2話:『白き悪魔』と『黒き海』 ①
「……逆に美しいのかな。ここまで世界も真っ黒に染まっちゃっているとさ……」
唐突に発生した黒い霧に飲まれた舞人は市街地へと飛ばされていました。
そしてその民家の三角屋根からみえた光景があまりにも衝撃的だったのです。
光の神々から溢れんばかりの加護を受けているはずの教会の管理区がまるで慈悲なき悪魔の手先のような“漆黒の影”たちによって乗っ取られていたのですから。
記憶喪失という物を抜きにしても舞人は“負なる者”という存在が初耳です。
左手の愛する刀を握ることで生まれて始めて彼らの存在を知ったのですから。
「……ていうかあの十字架って『栃木』のでしょ……? ……さすがに瑞葉は問題ないだろうけど、ほかのみんなのことはやっぱり心配だよねぇ……」
関東北部の栃木県の心臓部である光りの都《旧宇都宮市と旧日光市の合併地区》。
どうやら舞人はそんな街の中でも”大聖堂”と呼ばれるものがある第7区域にいたようでしたが、黒々しき大海のような闇色の影たちによって侵攻を許しているエリアからは50万人前後いただろう一般の信徒たちの気配を感じることはありません。
……もしもみんなが無事にどこかへ逃げ出せているならそれでいいんだけど。
舞人の再帰した記憶は告げていました。現在の日本では教会や寺院を筆頭とする宗教組織が台頭していて、それは“神の愛”と呼ばれるものが誕生したからだと。
そしてその“神の愛”を宿す者たちは、“龍人”や“歌い子”という存在に分類をされ、”天空を舞う龍人が魔法使い”ならば、”大地で詠う歌い子は魔方陣のような存在”でした。歌い子が傍にいない限り龍人は戦うこともできないのです。
ちなみにですが舞人は歌い子ではなく龍人のほうでしたが、妹の桜雪ちゃんが“自ら紡ぎだした歌声を自らの魔力に変換できてしまう”というこの世界では比類なき一面を持っていたように、兄上である舞人も“手段は問わなくてもただ自分自身に歌い子たちの歌声さえ届いていればその歌声を自らの魔力に変換できる”という――世界でたった1人の力を持っていたようでした(本来龍人と歌い子というものはあらかじめ“奏の誓約”を交わす必要があったのに)。
悲しみが詠う戦場。そこには数千の歌い子たちによる美歌が響いていました。
これほどの少女たちから魔力を譲り受ければ舞人だって死地へと身を投げることは出来るのでしょうが、舞人に宿る能力自体も決して難しいものではありません。
“白き血”でした。
赤い血の代わりにそのようなものが身体に流れていれば当然身体能力自体は異次元のものとなりますし、白き血は“肉体の神格化”だけではなく、“雪色の刀の超越化”や、“桜吹雪を媒介することによる擬似的な魔法の創造”もできました。
その気になれば舞人に出来ないことなんてこの世界にはないのかもしれません。
舞人が歌い子の少女たちの歌声へと祈りを捧げることで白き血の目覚めを促していた中で、眼下を流れる闇色の濁流から漆黒の半月を描いてきた太刀。それが舞人の右腹部を捉えかけましたが、間一髪の神業の身のこなしによって回避した舞人はそのまま虚空を切り裂いた黒き太刀を右の瞳で捉えながら、身体を捻ることによって白き刀を放ち返します。無防備だった太刀使いの左腹を殴り打ちました。
吹き飛ばされた人影は路地を染める数十の負なる者たちを巻き添えにします。
そしてそのまま舞人が民家の屋根上へと着地した時にはすでに“黒々しき長銃を構える黒き影が撃ち放った雷撃を纏う銃弾が7つ”と、“黒き影たちの群れから突如姿を現してきた竜の顔が8つ”。それらがすでに背後から急襲していました。
ある意味では想定内である黒き従者たちの容赦なき連撃に舞人は苦笑いを覚えながらもそのまま背後を振り返り、合計で15の攻撃を1秒だけ目視します。
深呼吸の間も入れずに舞人は再び宙を舞いました。
舞人の左手によって見惚れるような軌跡を描いた白き刀は美しい音色で7つの宝玉を弾き返すと、その7つの宝玉は吸い込まれるように7匹の竜の瞳を貫通し、最後まで残っていた龍の頭は頭上を奪った舞人が白き刀を突き刺して終わりです。
正直にいえば舞人自身でも想像以上でした。
こんなにも使い慣れていない感じがする身体もまったく問題なく使役できていますし、応急措置でしかない聖美歌を聞くだけでもこうも満足に戦えていますから。
頬からは笑顔が零れてしまいます。




