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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter2:Kiss to hell,because Kiss to heaven.
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第33話:『勇者になれない少年』と『確かな現実』

 舞人の部屋でした。

 

 寝台や書籍棚がモデルルームのように並べられている空間ですが、惟花さんと一緒に住んでいる部屋だからか、殺風景ではありません。生活感がありました。

 

 扉をゆっくりと閉めた舞人は、東側の壁沿いにある暖炉付近まで歩んでいき、その近くにあるテーブルから椅子を引っ張って、桜雪ちゃんを座らせてあげます。


 桜雪ちゃんは感謝を述べながら、好意に甘えてくれました。


 舞人も同じところから椅子を引っ張って、桜雪ちゃんの右隣へと座ります。


 風の吹く音によって窓が叩かれることもなく、室内は薪が燃える音のみでした。


 暖炉の灯りに照らされる桜雪ちゃんのお顔は、あれほどの戦闘を経験した上に一睡もしてない中でも、一点の曇りもみられません。神が嫉妬する美貌でした。


 素直に舞人は尊敬をしながらも、やはり桜雪ちゃんはたった一人の家族です。


 桜雪ちゃんがご飯を一食抜いただけでも、舞人は気になってしまいます。


 辛いのを無理しているのなんて、論外でした。


 だから舞人は桜雪ちゃんのことを気遣おうとします。

 

 でも当の桜雪ちゃんから――、


「――ありがとうございます、お兄様。わたくしなんかのことを気にかけてくれて。でも今はそのお気持ちだけで結構ですよ。一段落つけばわたくしも、休ませてもらうつもりですから。どうぞご心配はなく。それにわたくしだって一応はお兄様と似たような存在なんですから、一般的な常識の観念に当てはめる必要はありませんよ。お気持ちだけで十分です。――それでお兄様? まず初めにお伺いをさせてもらいたいのですが、これからお兄様はいかがなされるおつもりなんですか?」

 

 不躾なことさえ口走らなければ桜雪ちゃんは、どこに出ても恥ずかしくない妹でした。こうして改めて暖炉の前で2人で見詰め合っていると、兄である舞人でさえもどきどきしてしまいます。それこそ薪から燃え上がる炎のように(棒読み)。


「ぼく? ぼくはとりあえず負なる者の事をなんとかしようと思っているかな?」


「――それはどうしてですか?」


「惟花さんがあいつらの事をよく思ってないからだよ。たぶんこの国の人さえ守りたいんだろうね、惟花さんは。あの人はもともとそういう人だからさ。どれだけ自分が他人に利用されようと、根本的なところで優しさを捨てられないんだよ」

 

 舞人と惟花さんは境遇という点でも似ていましたし、惟花さんが海のように深い愛情を持って舞人に接してくれておかげで、性格という面でも似ていました。


 しかし舞人はあくまでも優しい人止まりで、聖人君子には成りきれていません


「そのような言い回しだとお兄様は、この国の人々を守りたくはないのですか?」


「……桜雪にだから正直にいうけど、はっきいいってそれはわからない。ぼくは見ず知らずの人まで守ろうっていう気持ちがわからないんだ。もちろんぼくにも大切な人はいるからその人たちを守りたいとは思うけど――それ以上に拡げる意味がわからないんだ。そもそもこの世界の人に、そんな価値があるって思えないからね」

 

 このような本音を遠慮なく伝えられるのは、桜雪ちゃんぐらいだったでしょう。


 桜雪ちゃんの前では変に格好つけていない自分を、さらけ出せましたから。


「まぁそれが正常な思考ですよ、お兄様。惟花様や瑞葉様や奈季様が―ー特殊なだけです。お兄様が卑屈になる必要はありませんよ。お兄様の器の浅さは誰もが知るところですから。今さらお兄様のことを咎める人も、この場にはいないでしょう」

 

 自らの手を温めるようにして暖炉へと向けていた桜雪ちゃんは、爽やかな笑顔を向けてきました。舞人としては、苦笑いをするしかなかったかもしれません。


「でもお兄様? 本当にお兄様がこの国の人を守りたいと思うなら、どう見積もったところで現段階では戦力が足りませんよ? 最終的にこの街に残ってくれた龍人が500名ほどで、歌い子が4000名ほどですが――どう考慮したところでそれだけの戦力では、何百万人の龍人と何千万の歌い子がいる負なる者に勝つことは不可能なはずですから。――もしも彼らに勝ちたいならば、現段階で負なる者に犯されていない人々の間で協力体制をしくことは、最低限必要なことでしょう。それで勝敗としては五分五分かもしれません。――しかしそのためには瑞葉様や奈季様はもちろん、教会や寺院の勢力とも全面的に協力を仰がないといけないことになるんですが――お兄様と惟花様はそれでもよろしいのですか……? ……お2人にとってその選択は、決して進んで行えるものではないはずですよね?」

 

 首を縦に振ることも横に振ることも、舞人はできません。


 もともとは「寺院の根幹部」にいた舞人や、「教会の中心部」にいた惟花さんがそれらの組織を脱し、革新的な思想の瑞葉くんのもとにいたのが全てでしたから。


 舞人や惟花さんは、『弱者や異教徒を虐げ、自分たちばかり神に愛されようとする典型的な宗教組織』がごめんだったのです。彼らとは一生手を繋げる気がしません。彼らと出会えば舞人と惟花さんは嫌な思いをするはずですし、向こうだってそれは同じでしょう。それじゃなくても舞人は教会と寺院という2大宗教組織に、永遠に遺恨を残すだろう「深い傷跡」を作ってきたのですから。今までは瑞葉くんや奈季くんというブレーキがいたということで、表立って復讐をしてこなかった彼らも、舞人が2人を失ったと知れば黙っているとは思えません。

 

 こんな過去と面と向かって立ち向かえるかといえば、それはノーでした。

 

 しかし今の舞人は、すでに退路が断たれていたのです。


「仕方がないよ、桜雪。もう今は好き嫌いをいっている余裕なんてない。こんな状況から本当にこの国を守りたいって思うなら、常に『最善の手段』を取っていくしかないからね。今はあいつらと協力できることを、神様にでも祈っておこう」


「しかし困りましたね、お兄様。本来このような場合は、ご友人のような存在がお兄様の助けになってくれるはずなんですが、本当の意味での『ご友人』というものを作っていなかったお兄様には、助けてくれる人もいないのでしょうか?」


「お嬢様堅気な誰かさんの面倒をみるだけで――ぼくは精一杯だったからね?」

 

 普段から皮肉ばかりいう桜雪ちゃんも、たまに舞人から皮肉を言われたからといって、決して不機嫌にはなりません。それどころか嬉しそうに顔を綻ばせます。


 こんな桜雪ちゃんだから、舞人はどれだけ小言をいわれても怒れないのです。


 そしてそのあとに桜雪ちゃんは、この場で二人きりになったもう1つの理由を切り出してくれました。相手が舞人だからこそ話せる、風歌ちゃんとのことです。


「……でもお兄様。最後の最後に風歌はわたくしに、『ごめんね』って伝えてくれました。ろくな相談もせずに勝手に話しを進めておいて、全てが終わったあとにごめんねって謝られてもわたくしだって困ってしまうのに――ずるいですよね。あんな風に謝られたりしたら、わたくしだって怒れないのを知っているはずなのに」


「風歌だって最後の最後まで悩んだんだろうね。桜雪の事だけはどうしても裏切りたくなかったはずだからさ。『ごめんね』の一言がすごくいいずらかったんだよ」


「……」


「でも心配いらないよ、桜雪。風歌が何を考えているにしても、傍には瑞葉がついているんだもん。風歌の事だけは、瑞葉が絶対に守ってくれる。あいつの親友であるぼくが証明できるよ。それに君自身だって知ってるでしょ? 風歌はすごく賢い子だって。あの子は危ないと想ったら、すぐに引ける子だよ。だから心配なんていらない。風歌を信じてあげようよ。――あとさ桜雪? もう君が何かを失うことに怯える必要なんてないからね? 今の君の傍にはぼくが付いているんだからさ?」


 俯く桜雪ちゃんがどんな表情をしているのか、舞人にはわかりません。


 ただ確かなのは、女性の泣き顔をみる趣味は、舞人にはないということです。 


 桜雪ちゃんから、目を逸らしてあげる中で―ー、


「……!」


 ある時を境に彼女の雰囲気が、苦痛を孕んだものへと変貌しました。

 

 前頭葉辺りを、急に押さえ始めてしまったのです。


「――だいじょうぶ、桜雪?」


「……お兄様? なんだか急に頭痛を覚えたりはしませんか……?」


「いやっ。ぼくは特に頭が痛いとかは――」

 

 否定を試みた舞人の脳髄が、銃弾にでも撃たれたような衝撃に見舞われました。


 経験したことのない「何か」によって、舞人の脳内が完全に乗っ取られます。


 今となっては過ぎし日の思い出が、舞人の脳裏へと蘇ってきました。

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