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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter 1:Kiss to memory, because Kiss to lost.
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第25話:『憧れ』と『悲しみ』 ②

 名も知らぬ美少女は舞人へと何かをいおうとしたが、倒壊した建物の中に飲み込まれた奈季くんのほうが気になったのか、そちらへと向かっていきました。

 

 雨に濡れた黒髪で顔を覆いながら舞人は肩で息をして、暗澹あんたんに俯き続けます。


 息は無性にあがるし、身体は異常にだるいし、頭は割れるように痛みました。


 息の辛さや身体のだるさはどうあれ、頭痛に至っては精神的なものでしょうか。


 瑞葉くんや奈季くんに敵対者としてみられている事実は当然何よりも辛いですが、それと同じぐらいに舞人が歩んだ過去の記憶が、心と身体を苦しめてきます。

 

 舞人の過去にこびり付いているのは、劣等感と罪悪感と裏切りの歴史でした。


 今まで舞人が歩んできた道のりなんて、決して神が微笑んだものではありません。この世界に存在している地獄というものを、幾度となくみてきましたから。

 

 その度に舞人は地獄から生還しましたが、誰も慰めてくれません。

 

 また新たに傷つけてくる存在が、善人の皮をかぶって近づいてきただけです。

 

 なんてはかない人生なんでしょう。

 

 白き刀を取り戻そうという意志さえも、急速に失われてしまいました。

 

 これ以上瑞葉くんたちと戦うことが正しいのかさえもわかりません。

 

 惟花さんにとってもここで舞人が死ぬのが、1つの幸福なのかもしれません。

 

 わずかにでもそう思えてしまうだけで、もう舞人は動けませんでした。

 

 雨に打たれ続ける舞人へと、惟花さんが何か言葉をかけてくれようとします。

 

 しかしその前に――、


「――お父様? お父様がそんなに悲しそうにする必要なんてありませんよ? だってお父様は瑞葉お兄ちゃん様や奈季くん様と――何にも変わりませんもん。むしろ瑞葉お兄ちゃん様や奈季くん様は、いつもいつもお父様に憧れていました。惟花お母様や風歌お姉ちゃん様や、わたしや智夏だってそうです」


「確かにお父様は完璧な人ではありません。ダメなところでいっぱいです。お父様はいっぱいお馬鹿さんで、そのくせ体と態度だけは無駄にでかくて、人に迷惑ばかりかけている居候だって――奈季くんはよく呆れていましたから。――でもそんなお父様でも、誰かが困っている時には必ず手を差し伸べてくれる――とても優しい人でした。嫌々そうなことや自分が傷ついてしまうことでも、お父様は一生懸命に助けてくれます。文句なんて一言もいいません。そんなお父様はとてもとても格好良かったです。――だからお父様はわたしにとってのたった一人の英雄さんです」

 

 舞人が失った刀を右手に拾った冬音ちゃんが、にこりと微笑みかけてきてくれました。優しさという感情がこれでもかとこもった、とても温かみのある笑顔です。

 

 心臓の鼓動がとても早くなってしまいます。

 

 冬音ちゃんはお世辞なんて知らない子だとしっているからこそ、余計でした。

 

 でもこんな裏恥ずかしさは、舞人の素直じゃない面を引き寄せてしまいます。


「……ぼくはそんな立派な存在じゃないよ、冬音。……君はぼくのことを買いかぶりすぎだ……。……ぼくは君が思っているような美しい存在ではないよ……」

 

 舞人だって予想はできていました。

 

 せっかく冬音ちゃんがこうして気遣ってきてくれたというのに、当の舞人がこういう反応を返してしまったら、冬音ちゃんのことを傷つけてしまうだろうとは。


 でもどうしても舞人はもう一歩のところで、大人になりきれないのです。


 様々な負の感情が暴れ狂った舞人は、左手を強く握り締めてしまいます。

 

 そしてそんな舞人に助け舟を出してくれるのは、いつなんどきも変わりません。


『ううん。そんな事はないよ舞人くん。舞人くんは舞人くんが思っている以上に、遥かに美しい存在だよ。だって誰かにとって一番の時点で、決してダメな人であるはずがないもん。――その時点でその人は、誰よりも美しい存在のはずだよ?』

 

 紅唇こうしんを噛み締める舞人の頬へと、生暖かいしずくが零れおちていきました。

 

 それは雨とは混ざらずに、惟花さんが着衣する白きローブへと落ちていきます。

 

 この期に及んでも舞人は、自分が正しいのかはわかりません。


 でも自分の力で守りたいものは、はっきりとみつかったような気がしました。


「……ありがとう、冬音……。……君にそういってもらえて嬉しいよ……」

 

 舞人は冬音ちゃんにお礼をいうと、白き刀を受け取らせてもらいます。

 

 冬音ちゃんは、とても嬉しそうに微笑んでくれました。


 心が温まる笑顔です。

 

 誰もが求めるような英雄になる権利は、舞人は持ってないのかもしれません。

 

 でも愛する少女たちにとっての英雄ぐらいには、舞人だってなれるはずです。

 

 舞人の胸の中に「覚悟」の二文字が、はっきりと宿りました。

 

 迷いなんてものは今の舞人の瞳からは、完全に消え去っていたのでした。

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