第163話:『跼蹐の物語』と『生命の翠巒』
「たぶん彼だって人だったのよ。どうして自分がこの世界に生きているのか不安になって、自分なんかがこの世界に生まれてしまったことは誤りだとずっと思っていて、それでも自分の手で物語は終わらせられなくて悩んでしまうぐらいにね」
「それで妙ちきりんな物語で踊らされる方の気持ちにもなってもらいたいけどね」
金髪の少女は玉座から優雅に立ち上がると奈季へと背を向けるように唯一の光源の月光が入る天窓を見上げながら語りかけてくれたので、薄暗い赤い絨毯を見下ろす奈季が苦笑いを返すと、誰もが笑顔を想像できるように少女も微笑みました。
そして奈季がそんな少女の笑い声の余韻に包まれる中で、再び奈季のほうを振り返った少女は彼女が話す物語の主人公を優しく哀れむような瞳をしながら――、
「でも生きた意味さえ何も誇れずに死ぬという事はとても悲しいことでしょう?」
こう問いかけてきたので、月光に映る少女の美しき影に瞳を送った奈季は――、
「そもそも人間は本当ならこの世界に生まれた時に生きる意味だって知っているはずなんだけどね。何か理由があってそんな心の声に気付けなかったり、この世界にはそんな声を奪おうとする人もいるから生きる意味を見失いがちになるだけで」
「だから彼には何を奪われて失ったとしてもこの世界に生まれた意味だけは大切にしていてもらいたかったの? そうしたら彼は彼自身でなくなっちゃうから?」
人は自分らしく生きてさえいれば自らが歩むべき未来は自然に現われ、それが人にとっては生きる意味になる。それが奈季が彼に伝え続けたかった想いでした。
でもだからこそ――、
「やっぱり奈季にとっては面白くなかったのね。今回の色々は」
少女のこんな言葉は今の奈季の全てを言い表していたのかもしれませんが――、
「でも奈季。もしも彼が生まれた意味がとても悲しいものだったらどうするの?」