第162話:『悪夢の跫音』と『繚乱の幻想』
世界の終焉であるような暴風や地震などの天変地異とともに地上を駆け巡る業火によって、“人々の涙と悲しみに染まった死都”を黒き禍神は崩壊させていました。
大声で笑いながら“世界中の誰かが死の危険を覚えた過去の悪夢や記憶”を具現化する黒き禍神の敵意はもちろん惟花だけに向けられていましたが、すでに惟花も女神としての翼や槍だけではなく、女神としての能力まで回帰させていました。
惟花の女神としての能力は“第6感以上の解放”です。
本来は単体同士の戦いであれば第6感さえ完全に支配できれば常に有利な立場にいられるはずですが、まるで地獄のような天災や業火を第6感によって感知したとしても、いささか回避し続けるのは厳しいものがありますし、黒き禍神は“惟花の強さを常に完全に模倣し続ける2つの黒き影を生み出すこと”もできたので、さすがに惟花も出し惜しみするようなことはなく第7感まで発動させていました。
惟花にとっては第6感が超感覚の掌握であるなら、第7感は幻想の掌握です。
惟花の第7感はこの世界のどこかへと幻想を生み出すのではなく、“惟花の身体そのものを幻想と同一化”させることなので、自らの身体を空想という概念に置き換えることによって、ありとあらゆる攻撃を無効化して一種の無敵状態となれるのはもちろん、自らの身体を幻想とすることによって自己強化魔法は常に発動され、自らが右手に握る天槍に幻想が生み出す強力な波動を纏うこともできました。
そんな惟花に対して黒き禍神は“深層心理でもっとも恐れていることを現実化させる黒き鳳凰”や、“純粋な破壊に特化しているためにありとあらゆる概念を崩壊させる死の螺旋の波動”を放ってきましたが、惟花は天槍で打ち払ったり幻想と溶け合うことによってかわしながらも、一度は見失った黒き禍神を再び視界内に捉えた時に“惟花の周りを跳びまわる閃光が弾けて魔法陣となり巨大な牢獄を作ると、その牢獄内の者を死に追いやるあらゆる可能性の集合魔法”が紡がれましたが――、
「……!」
惟花の右手の白き幻槍が黒き禍神の胸元を貫いていました。
黒き禍神の攻撃をかわし続ける中でも執拗に攻撃し続けてきていた“自らの分身の少女の黒き影”が2人いることを惟花は逆手に取って、ある時から彼女たちのうちの1人と自分を移し身の状態にして、黒き禍神の油断を待っていたのです。
惟花のこの一撃によって灰塵となった黒き禍神の身体も最後まで形が残っていた“心臓のような黒き結晶”を中心に瞬く間に再構成すると、“囚われたものの意識の改変を強制的に行ってしまう迷宮の密林”を彼はすぐに生み出してきたので、余計な被弾は賢くないとわかっている惟花は一端だけ下がることにしました。
「笑えるような強さだな罪なる女神。やはり女神たちを裏切る躊躇いはないのか」
後翔した惟花のことを撃ち落とすために“黒き影の少女たち”はもちろん追撃してきましたが、1人の少女のことは大地の揺れによってちょうど倒壊した建物を上手く利用することによってかいくぐったのですが、もう1人の少女はいつの間にか背後を取っていたために惟花は“5感を失っていた時の自分”を幻想によって作り出し、そんな惟花に呼応して黒き影の少女も同じ状態になった瞬間に――、
「……!」
第6感さえも使っていない状態で惟花は黒き影の少女を幻槍で打ちました。
たとえ同じく五感を失っている状態でも惟花と彼女ではその状態での経験値が違っていたために、精神面までは模倣できていない黒き影の少女に勝れたのです。
「私は私のために生きるだけよ。貴方とは違う意味でね」
「素晴らしい純愛だな。未だにあの愛する白き青年の事だけを信じているなんて」
このまま余計に戦いを長引かせるような事だけはよくない。惟花としてはそんな想いを自分の直感がささやいているのか、それとも白き青年が教えてくれているのか感じていたので、守りに入るようなことはなく徹底的な攻勢を貫きました。
「でも恋する乙女はいつだってそれがとても愚かな事だと気付けないのだろう?」
それでも黒き禍神としては惟花の支配領域が“自分の身体限定である”という決定的な欠点も知っているためか、自らが守りに入るようなことさえなければ優勢な状況でいられることもわかっているために、“一定空間に夢幻のような領域を生み出してしまうことによって、幻想と一体化している惟花の第7感に二重の幻想による歪みを与えることで強制的に第7感を解除しよう”としたり、“まるで太刀のような長さの運命の矢によって惟花に数分後の未来をみせて、その時になぜか自らが死んでいる光景”を暗示することで、惟花の幻想を乱そうとしても――、
「本当の意味で大切な事に気付いていない愚か者は貴方の方かもしれないけどね」
黒き禍神の攻撃が激しさを増すにつれてなぜか惟花の速さまでどんどん加速していきました。それはまるで惟花にとっては“これから黒き神がどんな攻撃をしてくるのか?”という一瞬先の未来が全て手に取るようにわかっていたように。
答えは1つだけでした。
もしも彼がいつかの神話の世界を再生しているのなら、惟花の記憶の中に全ての始まりである神話のことが刻まれていたとしてもなんら不思議ではないのです。
黒き禍神へと再び最接近をした惟花の美しき幻槍が大規模の閃光を放ちました。
黒き禍神の身体を再び灰塵にしてしまいます。
そして今回の攻撃で“黒き結晶のような心臓”にもついにひびが入りました。
たとえ2度の再生は許してしまったとしても次の攻撃で全てが終わりでしょう。