第14話:『世界を失った歌姫』と『歌姫の架け橋』 ①
このような仮定は万が一にもありえませんが、もしも舞人が“惟花さんと美夢ちゃんの暗殺を聖国教会側から密命として授けられていた”としたら、まずは“旭法教会側の信者たちと自分たちに準じていない聖国教会側の信者たちを皆殺しにしたあとに、妨害のない中で惟花さんと美夢ちゃんを殺そうとした”はずです。
もちろんその時も負なる者を使うのではなく仲間を装っての殺人でしょう。
「……。……。……。……桜雪と……舞人……!!!???」
瑞葉くんの執務室は入り口の扉からみて真正面の位置に暖炉があり、四方の壁にはとても背の高い本棚が立てられていて、部屋の東側には弾いているところなんてみたことのないグランドピアノやヴァイオリンや飾られ、瑞葉くんが日頃からお世話になっているソファーやローテーブルなどは部屋の中央にありました。
惟花さんと美夢ちゃんとは2人が座っている位置的に真っ先に瞳が合います。
そしてそんな2人の後ろには舞人たちへと同じく瞳を向ける6人の少女でした。
「やっと先手を取れたかな。伏せて美夢。その娘たちは敵だよ」
すでに真紅の絨毯を駆けていた舞人は“裁きの白き天使”でした。舞人は惟花さんの右斜め後ろにみえていた魔導杖を持った長身の美女が機先を制してくるよりも先に彼女の間合いへと入ると、左手の裸拳を彼女の胸元へと叩きつけます。
美女は一度だけ小さく息を吐くとうそのように舞人へと倒れ寄り掛かりました。
舞人は彼女の体内に流れる血液へと強制的に白い血を乗せてしまって、脳幹への血流を一時的に遮断させたのです。つまりは失神状態を作り出したのでした。
それでもこれで舞人が無力化できたのは惟花さんの後ろの美女のみです。
美夢ちゃんの後ろの女性は自由なる身のままでしょう。
彼女のことは桜雪ちゃんが相手をしてくれます。
純白と漆黒が美しく交錯し合う腕輪が美女の右腕で発光すると“生の慈悲さと死の残虐さを詠うような幻想的な槍”が彼女の右手に誕生しましたが、桜雪ちゃんがそれに即応するように透明の小刀を投擲すると、直撃した槍は鎖へと変化して、桜雪ちゃんが小さく詩をささやくとその鎖は少女を縛って意識を殺しました。
最後に舞人と桜雪ちゃんは歌い子の少女たちも2人ずつ片付けてしまいます。
「……。……。……」
もともと美夢ちゃんは可憐な少女なので呆気に取られたお顔も似合いましたが、もしも桜雪ちゃんが同じ表情をしたら舞人はお腹を抱えて笑ってしまったでしょう。
舞人は美夢ちゃんの前にしゃがむと彼女の黒髪へと手を置いてあげながら――、
「急に驚かせちゃってごめんね美夢? 本当は初めに色々説明してあげたかったんだけどさ、その時間も無かったみたいだから。でも何か心当たりはあるかな?」
「……いきなりそんなことをいわれても心当たりとかはないけど……」
「今はそういう現実があるみたいなんだよね。でもあまりにも意味不明な事が多すぎてぼくも詳しくはわからないんだけど惟花さんならもう全てに気付いてる?」
舞人がずっと会いたかった惟花さんは美夢ちゃんの左隣に座っていました。
舞人はそんな惟花さんのことをとても大切そうにお姫様抱っこしてあげます。
最初は驚いた惟花さんもすぐに状況を理解すると微笑みを咲かせてくれました。
『……舞人くん……?』
「会いたかったよ惟花さん。さっきは本当にありがとう。今日も世界一綺麗だね?」
惟花さんは可愛いらしいというよりも美しいという系統の女性だったのかもしれません。こうしてまぶたを閉じている姿は“眠り姫”としか言い表せないほどに美麗なものでした。美の女神が“何百年と悩み続けた末に生み出した”といわれても十分に納得できてしまうほどの美しさなのです。清楚で淑やかな白さの魔法衣に包まれている長身な体躯もまるで芸術品のような艶美さと優美さでした。
『……舞人くんが無事でいてくれたならわたしはそれだけで十分だよ。でもまたこうして舞人くんと出会えて本当に嬉しい。今日も世界一格好いいからね……?』
数百の花々を束ねたような香りがする黒髪とともに舞人の胸元へとお顔をうずめてくれた惟花さんは、本当に世界で一番可愛らしかったのかもしれません。