第156話:『嚆矢の家屋』と『魔書の落想』
「ずっと私は待っていたんだよ瑞葉お兄ちゃん。また大好きな瑞葉お兄ちゃんと会える時を。誰もいない真っ暗な世界で。世界中の人の悲しい歌を聞きながら」
どれほど一生懸命に声をあげたとしても誰にも声は届かずに。どれほど一生懸命に耳をすませたとしても誰からの声も届かないような異空間。そんな世界に迷い込んでしまった瑞葉が“影なる人々が日常的な生活をする異世界”にもなぜか少しずつ懐かしさを抱き始めた中で、まるで誰かの記憶の中でも歩いているように途切れ途切れになり始めた街の終着点。そこに一軒の古びた大きな家屋はありました。
その木の建物は腰ほどの高さがある壁や白黒の葉の木々によって囲まれていましたが、もうこの時にはすでに妙な胸騒ぎに心を染められていた瑞葉は古びた門を押し開くと、芝生の庭の間にみえていた土の道を前のめりで走っていきます。
そして瑞葉は玄関先の“空中回廊があるほどの広々とした空間”に瞳を配ることもなく正面にみえていた階段を駆け上がると、2階の南南東の部屋に急ぎました。
「でもそれなのにずっと一緒にいるって約束をしてくれた瑞葉お兄ちゃんはね私のことを忘れて白い翼に救われちゃったの。私のことだけを黒い世界に残してね。だからあの時から私は白い翼のことを許すことが出来なくなっちゃったのかな」
瑞葉が扉を開け放った先にあったもの。それは世界中の忘れられた叡智を結集させたような部屋でした。“利用する価値なんてないと考えられてしまったせいか人々に伝わることはなかった数千の古代書物”が綺麗に並べられている本棚と、“雑多な記号や文字が記されている魔法紙”が散らばっている絨毯。そしてそんな空間に溶け込むようにして瑞葉に背中を向けるような形で立つ黒髪の少女でした。
「ねぇだから私の大好きな瑞葉お兄ちゃん? 私の大好きな瑞葉お兄ちゃんならあの白い翼を奪うためにその優しい魔法の力をわたしにも貸してくれるよね?」