第154話:『解放の承継』と『天壌の支配』
世界の全ての罪と穢れが蝟集したような罪深き都。そこでは空から降り注ぐ涙の一滴までも闇に沈んだように黒染んでいました。端倪なき禍神は天からの黒き雨に濡れながら災いとともに笑っています。煉獄へと幽囚されるほどに邪想に染まった神だからこそ自らの黎明に相応しい”終焉の烽火”を心から喜ぶように。
「貴方の理想郷は美しいのね。こんなにも多くの神々の涙の果てにあるなんて」
もしもここで誰かが“晦冥なる業火”を鎮めることができなければ。彼の穢れはこの世界の果てなき所まで広がっていくのでしょう。でもそれはこの物語の揺籃を司った女神にとって許せることではありません。なればこそ少女は“罪なんて何も背負っていないはずなのに天罪に処され続けている数千万の人々を悲しみの呪縛から解放する”という願いのためはもちろん、“自らがただ1人愛する青年と交わしたとても優しい約束”に愛を捧げるためにこの地へと帰りました。
「待ち詫び続けていたんだよ罪なる女神。俺はずっとこの瞬間を。やっとあの時の神話を紡ぎ返すことができる。憎むべき貴様らから奪われた俺の全ての神話をな」
少女の瞳は映していました。黒き王の亡霊によって憎しみに満ちた死都を。少女の肌は触れていました。黒き王の亡霊によって悲しみに満ちた死都を。少女の耳には響いていました。黒き王の亡霊の王によって怨みに満ちた死都を。今まで少女の感覚は全て奪われてしまっていたのに。自らの誇りである“聖美なる女神の翼”と“慈愛していた純潔の天槍”を愛する青年が再臨させてくれたから。
「人々のことを救うことなんて愚かだっただろう罪なる翼を背負った女神。この地へと落とされた神々は何かしら罪を犯したからこそその喪失の罰を受けているんだからな。罪を犯した身である神々が憧れとなるような生き様を歩むことなんて不可能なのさ。奴らは憎しみ憎しまれながら死ぬのこそが天命なんだからな」
「それで人々にとっては貴方のような存在に隷属をすることが贖罪になるの?」
「むしろなぜ贖罪にならない。これからはこの世界の全てが俺のものになるのに」
黒き王へと贖罪の意味を問う必要はありません。彼にとっての贖罪が自由へのものではなく、終わりなき束縛へのものであることは少女だって気付いていましたから。人が自由であることを阻むものがあってはません。人は生まれた時から自由であるべきなのです。だから少女は青年の想いを受け継ぐために、自身の崇拝を捧げる“胸元の十字架と雪の結晶”へと粛清の許しを請いました。それが“愛されてはいけない定めの女神と愛してはならない定めの鬼神”の絆だったから。
「やはり貴方だけはあの時に悠久に眠るべきだったのよ。再びなんてないように」
自由への解放を求めた女神と束縛への支配を求めた禍神の間に風が吹きます。
まるでそれは世界で最後の聖夜を告げるように。