第152話:『善導の魔書』と『悠遠の粛清』
もしも“この世界中の全ての人がどうしようもないほどに呪われてしまった生き物である”という仮定が正しいとして、そんな呪縛に縛られた人々を救うにはどうすればいいのでしょう。人々は何に光りを求めて生きるのが答えなのでしょうか。
瑞葉は迷いました。世界の全ての彩りが穢れに染まった世界を。先ほどまでは一緒の地下部屋にいたはずの瑠璃奈ちゃんの名や、ずっと探し求める風歌ちゃんの名や、瑞葉の心の大切な部分に居続けた愉快な友人たちの名を呼び続けながら。
でも誰からも返事はありません。まるで瑞葉だけが悪い夢に囚われたように。
それでも瑞葉の右手にはこの世界に閉じ込められる前にも握っていた自身の全てを眠らせる魔法書は幸いにもあったので、最後の頼みの綱として友人たちと繋がるための願いを唱えましたが、魔法書の上に再誕した魔法陣は儚く霧散します。
それはまるでこの世界では瑞葉の魔法陣そのものが禁忌とされているように。
そして何よりも瑞葉が魔法陣を降臨させた瞬間でした。“誰か”からの強い憎しみを感じたのは。背後には誰もいないのに。思わず背後を振り返るような。
“いったい誰が自分のことを憎しんでいるのか?”、“どうして誰かが自分のことを憎しんでいるのか?”なんて瑞葉にもわかりません。でももしも誰かが瑞葉が“罪”を犯したと咎めるなら、この先に待っているのはその“罰”なのでしょう。
残念ながら瑞葉の心なんて儚いほどに弱くて儚いほどに脆いのです。もしもこれから進む先に“何か嫌な事”が待つなら足は止まってしまうのが本心でしょう。
それでも瑞葉の胸の中から風歌ちゃんの記憶は消えません。もしもこの世界において人に与えられる全ての事象に偶然なんてなく全てが因果の上で成り立っていると考えたならば、今回のことにだって何らかの意味はあるのでしょう。そしてそれは“眠り姫”となってしまっている風歌ちゃんと深いところで繋がっているのはもちろん、“どうしてこんなにも人が罰を受け、そもそもどうして人は罪を背負わねばならなかったのか”という答えにまで導いてくれるのかもしれません。
瑞葉には願い事がありました。とても小さな願い事が。だから一度は立ち止まった瑞葉の両足も進んだのかもしれません。風歌ちゃんから贈られて自分の全てを描き続けた魔法書を右手では大切に抱え、左手はやはりお腹を押さえながら。
「……うぅ。でもやっぱり嫌な事は嫌な事だし、まずはお腹が痛くなっちゃったかもしれない。とりあえずはお手洗いを探そう。“ねぇねぇ舞人くん。とりあえず僕はお手洗いに”って――あっ。そういえば舞人くんも傍にいないんだった……」