第149話:『俯仰の罪悪』と『柳営の微笑』
こんな世界にだってどこかには幸福があるのでしょうか。世界の誰もが望んでなんていないのに人々が人々のことを信じられなくなってしまい、世界の誰もが望んでなんていないのに人々が人々でいられなくなるようなとても悲しい世界なのに。
別に愛鈴はわがままを望んでいません。誰かに愛していてもらいなんて。ただ愛鈴は誰かと一緒にいたかっただけなのです。誰かから嫌われたりしないまま。
でもそれなのにもしも“自らが生きている事を否定され、愛鈴さえいなければ自分たちは幸せのままだった”とまで言われたらどんな声を返せばいいのでしょう。
「……それなら今は何よりなのかな。やっとぼくたちも希望の芽がみえたならさ」
「私たちにとってはとても大切な最後の希望だしね。たとえどれだけ小さくても」
色なき者たちによって愛鈴たちは安住の地を失ってしまいましたが、それでも瑞葉くんが崩壊した魔法学校を中心にして“新たなる拠点”を再建してくれたおかげで、やっと愛鈴たちも守護すべき人々の安寧を導くことが出来たようでした。
たぶんそれは愛鈴にとっても何よりなのかもしれませんが、今の自分がその事実を心から喜ぶことが出来ていたのかは愛鈴にもわかりません。数え切れないほどに忘却しようとしているのに。彼から受けた言葉は何度も何度も心の中に響き続け。
「でも本当にいいのか兄貴。友秋の事は瑞葉や奈季には何も言っておかなくても」
舞人がユフィリアと一緒に寝台へと腰掛ける中で愛鈴とユフィリアに優しい眼差しを向けてくれていた静空ちゃんの左斜め前の椅子に座っていた怜志くんは“木製のサンタクロース”のゼンマイを回しながら、そんな言葉を与えてくれました。
もちろん愛鈴としてもわかっていたのかもしれません。怜志くんの言葉が絶対的に正しいとは。それでも愛鈴はお手本のような優れた人間ではありません。自らの弱みを全て友人に告げれるような。たぶん愛鈴は臆病で。この世界の誰よりも。
普段の愛鈴ならそんなことはないのに怜志くんのことも見返せない中で――、
「たぶん何も変わらないだろ兄貴。瑞葉や奈季は。――そもそも瑞葉や奈季だって人のことはいえないだろうからな。あいつらが生まれて来たことが正しいのかなんて間違いなく頷けないし、あいつらが変に余計なことをしなければ世界はもっと幸せだったのかもしれない。“だからそもそも胸を張っていえる人なんていないんだよ。自分が生まれて来たことが正しくて、自分が生まれてきたから周りの人も幸せになれたんだなんて。みんな多かれ少なかれやましいことの1つや2つはあるだろうからな。でもそれでも俺たちは生きているんだろ? なら少なくとも誰かにはその存在を求められているんじゃないのか。だから少なくともその事実ぐらいは胸を張ってもいいんじゃないのかな舞人くん?”――なんてことをそもそもユフィリアからもいわれているんだろうし多少はその言葉に耳を傾けてあげたらどうなんだ兄貴? 少なくとも俺たちとユフィリアは共鳴してるんだしさ」
もしかしたら本当に愛鈴は“正しい存在”ではないのかもしれません。誰からも好かれるような。でもそんな自分のことを知ってもなお一緒に生きようとしてくれる人がいる。そんなたった1つの事実だけでも人は救われるのでしょうか?