第148話:『祥瑞の絵本』と『明日の荊棘』
その問いには決して答えや形がないわけでもありません。でもそれはもしもこの世界の全ての人に問いかけようと答えは得られません。もしもたった1人のから答えが届かないなら。その答えは永遠に暗闇の中をさ迷ったままなのでしょう。
世界は真っ暗でした。すでに自分がこの世界に生きている意味さえもわからないほどに。そもそもをいえば“この世界がこんなにも真っ暗になってしまった現実”には友秋も無関係ではありません。むしろ大きく関係しているのかもしれません。でもそれなのに最後まで自分は何もできないままでした。もう少しなんとかしてあげたい人がいたのに。ただ大切な人の笑った顔がみたかっただけなのに。自分はずっと彼のことを悲していたままなのかもしれません。望んでなんていなくても。
「――でもエリサ。何かの間違いで元の世界に帰る方法がみつかったとして、それでいざお前が帰ってみたら王妃の座を奪われていたりした時はどうするんだ?」
大聖堂からもさほど離れていない西欧系の雑貨屋でしょうか? 統一感があるというよりは煩雑としている店内の隅には橙色のスタンドライトでした。それが優しく照らす室内。そこではエリサちゃんがソファーに座りながら絵本を読んでいる中で、彼女の絵本取り係をしている友秋は本棚へと背中を預けていました。
エリサちゃんはまるでこの世界での最後の読書を楽しむように珍しく黙々と本に目を通していたのですが、先ほどのように振られるとすぐに美顔を上げて――、
「友秋。友秋は私が王妃だという事も信じていなかったのではないのですか?」
「……だからもしもの話しだろ?」
予想以上にエリサちゃんは嬉しげでした。友秋に王妃だと信じてもらったそんなたった1つの事実が。もし本当に自分のたった1つの言葉でこんなにも誰かに幸せになってもらう事が出来たなら、逆に友秋のほうが嬉しくなってしまうほど。
「でもそんな不穏な話しはありませんよ友秋。あの世界はユーモアに満ちた世界でしたから。今だって私が消えた事にみんなでてんてこまいしているだけでしょう」
なんとなくは想像できました。たぶんエリサちゃんとずっと一緒にいた友秋だからこそ。彼女の世界の面白みに溢れた住人たちを。まるで夢のような世界を。
「それならいつかは無事に帰れるといいな。愉快な仲間たちが待っている世界に」
エリサちゃんには未来があるのでしょう。とても楽しい未来が。でも友秋にはどうでしょう。友秋にも未来はあるのでしょうか。償わなければならない罪があるのにその償い方すらもわからない愚か者なのに。もう友秋はわからなかったのです。“どうしたら大切な人に笑ってもらえるのか?”。そんな単純なことさえも。
「……!」
でもそんな中で“彼”が友秋の胸を叩きました。懐かしい色の微笑みのまま。
《本当に何を考えているんだお前は。わざわざこんな世界に帰って来るなんて》
《……面倒そうだったからな。またあっちの世界で誰かさんに巻き込まれたら》
《せっかく帰ってきたんだろ。ならぼくのためにこの世界を壊してくれよ親友》
この世界には自ら進んで“誤った未来”を歩みたい人なんていないのでしょう。“正しいと信じれるような未来”を歩める人と、“間違っていないと信じるしかない未来”を選ぶしかない人がいるだけです。誰だって“これが正しいと誇れるような未来”を歩みたいのに、“少なくとも間違ってはいないと自分に言い聞かせ続けるしかないような未来”しか選べない人には何らかの理由があるのでしょう。
でもだからこそそんな中で誰かが“君が正しいと信じる道を歩むことは何も間違っていないんだよ”と教えてくれたら。“間違っていないと信じる道を歩もう”とすれば、それは間違っているんだよと誰かが教えてくれたら。その時に人は“今まで大嫌いだった自分を大好きな自分に変える”ことができるのでしょうか?