第146話:『連理の少女』と『少女の月白』
最後の聖夜の前日でした。一度瞳を閉じている間に12月22日は過ぎ去ってしまったようです。まるで世界は終わりが近づくにつれて時が歪んでいくように。
全ての人が消えてしまったように静かな街とクリスマスイルミネーション。それが偽りなんてない地球最後の聖夜の前夜のようでした。“世界が忘れ続けていた人々へのたった1つの贈り物”は本当にいつか全ての人々へと届くのでしょうか。
一度はただ全てを守ってあげたいと思った少女。誰だってそんな少女が一人ぐらいはいるのでしょう。でもそんな少女はいまこんな世界でどうしているのでしょう。笑っているのでしょうか。泣いているのでしょうか。なぜかいつからか忘れようとしていて過去に置き去りだったそんな少女の想い出が奈季の心にも帰って来ました。まるで世界が壊れ行く前に彼女と再会することが運命付けられていたように。
寒さと静けさに心を満たされていた奈季が瞳を閉じながら路地裏の民家の壁に背中を預けている中で、そんな奈季の右手側から音もなく歩いて来たのは――、
「でもそういえば月葉。月葉は知ってるか。白き血がこの世界に生まれた理由を」
「私は知らないけど……まさかあなたは知ってるの?」
月葉ちゃんはゆっくりと立ち止まります。奈季のすぐ目の前にみえていた民家の壁へと背中を付けるようになりながら。2人の距離感は横目に映るほどでした。
「舞人を探しに行くんだろ。ならその質問を今のあいつにぶつけておいてくれよ」
たぶん奈季は知っていました。月葉ちゃんの多くのことを。だからいまも手に取るようにわかったのかもしれません。“月葉ちゃんの不安や心の中の願い”も。
「……あなたは寂しくないの? 私とこうして会えるのも最後かもしれないのに」
たぶん月葉ちゃんは奈季と同じでした。彼女も恐れていたのです。これから全てが死に行く世界で自分だけ迷子になってしまうことを。でもだから奈季くんはずっと前から考えていたのかもしれません。彼女に授けたいたった1つの真実を。
「どうせ最後にはならないからね。お前たち家族は追跡者のプロだから」
たぶん奈季にとっては何気ない優しさでした。しかし月葉ちゃんにとってはとても大きな優しさだったのかもしれません。だって彼女は小さく笑ったのですから。
「それじゃあもうさよならね。私はあなたのストーカーなんて絶対にしないから」
月葉ちゃんには聖夜に届けたい贈り物がありました。聖夜に伝えないとけない想いがありました。だから彼女が“彼”の元へと向かうために踵を逸らすと――、
“ちゃんと桜雪や智夏とも仲良くやれよ月葉。舞人や惟花だけとじゃなくてね”
と奈季が彼女の背中越しにお節介を焼くと、月葉ちゃんは小さく振り返り――、
“余計なお世話よ馬鹿っ”
と赤い唇の動きだけで伝えたあと全てが夢だったように消えてしまいました。
でも奈季としてはこうして月葉ちゃんと別れてしまっても悲しみのようなものはなく、むしろ月葉ちゃんが“ちゃんとあいつらと仲良くできるのかよ”という一種の兄心のような心配を抱いてしまっていましたが、いつの間にかそんな奈季の手元には銀色の小箱が握られていて、“???”と奈季が疑問を持つと、それはクラッカーのような音とともにまるでビックリ箱のように勝手に開閉して――、
“今までありがとう奈季。たぶん嫌いではなかったわよ。あなたの傍の空気はね”
と目を離せばすぐに面倒臭そうにしてしまう月葉ちゃんなりにありがとうが込められたメッセージと、世界に唯一の“金と白のヤドカリ”が鎮座していました。
「本当に舞人とそっくりになってきたよ。似ない方が良かったところばかりね」