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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter4:Kiss to story , because Kiss to dream.
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第145話:『崩壊の悲傷』と『憂愁の喪失』

 今年の聖夜に愛鈴は何を望むのでしょう。愛しき人が住む世界へと優しさが降り注ぐことでしょうか、自らへと慈愛が降り注ぐことでしょうか、それとも……。


 世界は前々からどこか間違っていました。白き血が流れる愛鈴のような人間が当たり前のように存在し、神の愛と呼ばれる超常的な物にまで満ちていましたから。


 それでもそのような歪にみえた世界にも“形のある幸せ”は瞳に映り、残り数日に迫っていた聖夜を待ち望む人々が大勢いたはずですが――いつからでしょうか。“色なき者たち”と呼ばれる人々の心を煮詰めたような存在が現われたのは。

 

 1週間ほど前から誕生した彼らは恐ろしいような勢いでこの国を鯨飲しました。


 人々は本当に何も知りません。色なき者の願いとはなんなのでしょう。彼らを産み落としたのは誰なのでしょう。どうして人々は色なき者になってしまうのでしょう。どうして彼らは旧世代の人々を襲うのでしょう。人の本性を示すように。


 こんなにも世界は不安定なものになってしまいました。そこでは本物の愛情や友情しか存在できないのでしょう。そこに愛鈴の居場所なんてあるのでしょうか。


「……ふざけんなお前。そんな変な白い血が流れているくせに運動音痴かよ……」


「悪かったよ奈季。左肘が反抗期でさ」


 自らの住居としていた古びた賃貸。そこで愛鈴は目覚めました。そして真っ先に飛び出したのです。色なき人々に支配され旧世代の人の姿なんて消えてしまった宇都宮市へと。愛鈴は探していたのです。どうしようもなく気になってしまう少女のことを。彼女はまるで雪のように儚く消えてしまいそうな少女でした。だから愛鈴は街中を駆け抜けました。どこからか少女の声が届くことをただ願って。

 

 でもそんな中でまず愛鈴の瞳へと誘われたもの。それは何をいったいどう間違えたらこのような状況でも単独行動をできるのか奇跡的なメンタルの持ち主の奈季くんや、いつの間にか傍から消えてしまっていた自由奔放な愛鈴や奈季くんのことを市内中にまで響き渡るような大声で探してくれていた瑞葉くんでした。


 愛鈴としても瑞葉くんや奈季くんと再会できて嬉しいのは間違いありません。少なくとも愛鈴にとっても2人は友人という認識でしたから。でもその一方で愛鈴は気付いていたのです。自分は彼らにとっても場違いな存在なんだろうなと。


 愛鈴には白き血が流れていました。ほかの人々には赤き血が流れているのに。だから愛鈴には自覚があったのです。決して自然な形で他人と交わることなんて出来ない自分はこの世界の人々にとっては当たり前だろう友情や愛情さえも夢のようで、ただ誰よりも近くからそれらを羨むことしかできないんだろうなと。


「!!! 愛鈴くんと奈季くん! 2人はいつの間にどこのお手洗いに――」


 色なき者の集団に取り囲まれてしまう寸前でした。愛鈴たちが無事に転移できたのは。でもその時に愛鈴もいくらわざとではないとはいえ奈季くんの鳩尾へと左ひじをねじ込んでしまいましたので人のことはいえないでしょうが、いったい何をどう間違えたら瑞葉くんもそうなってしまうのでしょう。色なき者に支配されてしまった空間から脱するために転移魔法を発動してくれた張本人のはずの彼が、転移後の建物の石床へと右足をめり込ませ頑張って引っ張り上げている中で――、


「無事にお帰りなさい愛鈴くん。でも愛鈴くんはまたどこに行ってたんですか?」


 時々大人びた色合いを感じさせてくれる少女でした。16歳という年齢なのに。その一方で幼さを感じさせてくれる少女でもありました。16歳という年齢なのに。


 そもそもをいえば愛鈴が先ほどのように“不思議な少女”から夢をみせられてしまい、自分の知らない世界へと連れられてしまうようなことも始めてではありません。なぜか近頃は頻発していたのです。でも愛鈴的には“あの少女から告げられた全て”を他人に告げれるほど精神は強くありませんし、だからといってこうも純情に拗ねてくれる風歌ちゃんをだますことも胸は痛む中で、1人で大騒ぎしていた瑞葉くんの助けへと“もうっ。瑞葉お兄ちゃんは本当に~”という感じで風歌ちゃんが向かってくれたのでひとまずは愛鈴もほっとしてしまう中で――、


「風歌はめちゃくちゃ怒っているなぁ兄貴。あれははらわたも煮え返ってくるよ絶対に」


 なんだかんだいっても繊細な面はあるのか“さすがにぎりぎりだったな”という感じで両足を伸ばしながら石床に座り天井を仰いでいた奈季くんへと怜志くんは何かを楽しげにささやいて右腰を殴られながら舞人へと近づいてくれました。


 怜志くんは愛鈴がこうして無事でいてもまったく驚いていません。まるで全てを分かってくれていたように。それは彼が愛鈴にとっての弟である証明のようでした。愛鈴にとっては居心地がよくもあります。そんな関係が。たとえ怜志くんには白き血が流れていなくても。むしろ怜志くんには白き血が流れていないからこそ。


 でもそんな怜志くんには昨年度から入学していた都内の大学で知り合い親しい関係を築いていた少女がいたようですが、静空ちゃんは愛鈴に対しても心地のよい感じで接してくれて、また怜志くんへと愛鈴の陰口をいってしまうというよりはむしろ逆に愛鈴に怜志くんの呆れるような面の同意を求めてくれるような少女だったので、愛鈴としても気まずさなどはなくむしろ好意的になれましたが――、


「風歌は花も恥らう乙女よ。そんな風に怒るのはユフィリアお嬢様ぐらいでしょ」


 愛鈴には捜し人がいました。静空ちゃんたちが同じく捜しているように。愛鈴としては思っていたのです。もしかしたら彼女は静空ちゃんたちと一緒にいてくれているのではと。おそらく彼女は自分だけおいてどこかにいってしまった愛鈴へと頬を膨らませているのです。でもどうやらそんなものは都合のよい幻想でした。


 彼女がいないだけで愛鈴の心は死んでしまいました。どうしようもない孤独感と無力感に襲われてしまい。息をすることも辛いのです。彼女のいない世界では。


 でも少女は呼んでくれました。愛鈴のことを。まるで探してと言うように。世界のどこかから。だから愛鈴も少女の居場所はわかりました。世界のどこにいても。


「どっちかっていったらユフィリアは腸を抉り出しそうだけどね。本当に怒ったら」

 

 世界に詠うのは悲しみだけなのでしょうか。愛鈴は祈りました。愛も詠われる事を。悲しい現実を認めたくないから。こんな世界でも誰かに愛されたかったから。

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