第142話:『柳営の白炎』と『懸絶の悪夢』
それでも舞人たちにとって幸いだったのは――、
「ごめんねみんな。もうそろそろ時間かな。――でも前に説明した通りに今回は危険はないから、どうか思う存分に力を発揮してくれ。お友達とも喧嘩せずにね」
“最悪”になってしまう前には智夏ちゃんが無事に間に合わせてくれた事でした。
前々からそれぞれに不信感があったのはもちろん、先ほども“一部の人々のせいで全体が危機に陥りかけてしまった”事もあり、お世辞にも友好的な関係でない舞人たちにも唯一共通していたのは“黒ではなく白を望んでいた”点でしょう。
智夏ちゃんは“炎が宿った万年筆”を魔法書の1ページへと涼しく躍らせます。
“始原から大地を守りし炎よ。その安らかなる性により、我らに幸を与えたまえ”
という一文を智夏ちゃんがローブを揺らしながら暗唱すると、祈りを聞き届けたようにして漆黒の地上へと、“純白の炎の息吹”が天空から降り注ぎました。
白に包まれた炎は“悪夢のような負なる者”にあまりにも優し過ぎたのです。
『さすがは智夏ちゃんでしょ舞人くん?』
『この色々とぎりぎりな感じはぼくと惟花さんにそっくりかもしれないからね?』
それでもさすがに智夏ちゃんの優しさだけでは数百万はいるだろう負なる者の全ては眠らないので、この“神秘の火種”に息吹を送り込むように善なる龍人たちも一斉に、前々から頼んでいた“首飾りの魔法陣”に命を咲かせてくれました。
舞人たちの方が戦力的に劣っていたのは感情的に分析をしても覆せない事実でしたが、今は“舞人たちの勝利への希望のため”かはたまた“神の気まぐれ”か、負なる者たちは舞人たちの願い通りに“白”へと染まってくれるので、善なる信徒たちの間にあった氷のような距離感もわずかに解け、温かい空気が生まれ始めます。
こうなればあとは舞人の白き弓でしょう。
今はこうして負なる者からの守り人となってくれている白き炎も最終的には“舞人の白き血と白き弓”が融合するための時間稼ぎなので、全てを白き弓へと預ける覚悟をした舞人が自らの白き血を流して“心”を繋げていく中で――、
「……!」
いつからか舞人の近くで微笑み続けていた“少年”の笑い声が轟き響きました。
“少年”は嘲笑っていたのです。
“このまま力を合わせれば彼らに勝てるのでは?”と思ってしまった舞人たちを。
世界が割れてしまったのかと思いました。
天地が分断されてしまったかのような衝撃です。
舞人たちの誰もが“……うそでしょ……”と思ってしまいました。
でも目の前に広がった現実はなんら偽りのない真実なのです。
一般の人々が逃げる地下から“存在しないはずの負なる者”が生じたのでした。