第140話:『愁思の空間』と『秘鑰の白光』
それじゃあ舞人にとっての“もしかしたら”とはなんなんでしょうか?
たぶんそれは……。
奏大くんやレイシアと先ほどのような話しをしてから舞人は、“実は昨夜からロザリアの姿が見当たらない”事も聞き、確かにそれは舞人たちも気にかかっていたので、奏大くんを通して旭法神域のみんなにも尋ねるようにお願いする中で――、
「……!」
今度は怜志くんが桜雪ちゃんに連れられ、舞人たちの中にお邪魔してきました。
今までなぜか姿がみえないと思っていたら寝坊でもしていたらしい怜志くんは奏大くんやレイシアに何をしていたのかを尋ね、優しい2人が諸々を説明してくれると、「まぁ確かにそれは心配いらないだろ。俺も舞人と惟花と同感だからさ」と、絶対に舞人たちの話しなんて聞いていないのに適当な事をいう怜志くんに呆れながらも――そんな中で桜雪ちゃんが、“大湊氏たちが舞人と惟花さんを呼んでいるらしい”と瞳をみつめてくれたので、やはり舞人としては気は進まないものの半強制的なイベントなので仕方がなく、怜志くんや静空ちゃんに付いていきました。
でももちろん舞人が大湊氏たちと話すことといったら“負なる者”をどうするのかということしかありませんが、状況が昨日と比べて何か好転しているわけでもなく、この街にいる龍人や歌い子をどれだけ集めたところで、“龍人が5000名で、歌い子が13万名ほどしかいない”ことには変わりがないので、すでに“6000万人さえも突破するような負なる者”に勝利する展望なんてみえません。
そんなこんなで舞人は陰気な空気のまま大湊氏たちのために改装された施政の間の中でも皆が一同に介せる大部屋の1つにいたのですが、あらかじめ用意されていた席に座ることもなくただ壁に背中を付け、まぶたを閉じて俯いていました。
もちろん舞人の右隣には惟花さんで、対する左隣には“磁石のようにいつも舞人と一緒の惟花さん”にさすがに呆れていたレミナちゃんがいてくれましたが――、
『なに惟花さん。そんなにぼくが格好いいの? ずっとぼくのほうをみてきてさ』
『ううん舞人くん。いまわたしは舞人くんの髪の毛を数えている最中なんだよ』
『……冗談でしょ……?』
『――だって舞人くんはさ祈梨ちゃんやレミナちゃんとイチャイチャしない?』
『……どこでどう間違ったらこんな状態でイチャイチャできるのよ……』
『じゃあわたしとイチャイチャしよう?』
年齢不詳のおばさん特有のノリを舞人がとても煙たがっている中で――、
「でも思うんだがこれだけで俺たちの戦力自体も限界なのか? 向こうさんが今も仲間を増やしているって事は、俺たちにもその希望はありそうに思えるけど?」
舞人の従者の中では1人だけ用意された席に座っていて、テーブルの向かい越しに座る友秋くんや大湊氏や、そんな2人の後ろに立つ枢機卿や老師たちへと無駄に親しげな視線を向けていた怜志くんが、大湊氏にこのように投げかけました。
「もちろんその可能性もゼロではないだろうな」
「じゃあそこで暇そうにしている友秋が助けにいってきてあげればいいんだろ?」
「……どうして俺が。そう思うお前が行けばいいだろ……」
「俺は舞人のお守りがあるからね」
おそらく怜志くんとしては意のままにこの部屋の全ての人々へと微笑みを誘いましたが、“枢機卿や老師たちと同じく席に座らずに彼ら彼女の傍に立っていた祈梨ちゃん”へと俯きがちに横目を注いでいた舞人や、“俺が必要以上のことをするのはさらさらごめんだね”という態度を貫いていた友秋くんは死に絶えました。
「でも少なくとも今この場にいる人たちだけでもある程度の計算はできないの? うちらのエースもここにいて、そちらさんのエースもそこにいるんだしさ?」
「――まぁ確かに空統は万全でも、霧谷たちのエースは本調子じゃないんだろ?」
「……普通だが?」
「いやっ。誰も舞人の話しをしてるんじゃなくて月姫の話しをしてるんだろ?」
「……ぶっ飛ばしてやるお前。この話し合いが終わったら真っ先に……」
机上に置かれた花瓶へと花占いでもするように自らの瞳を注いでいた水色ピアスの青年に笑いの種にされたことで、やり場のない羞恥を覚えた舞人がお手本のようなやつ当たりをする中でも、祈梨ちゃんは自然に微笑んでくれていました。
「……でもそれもこれも私たちが力を合わせられることが大切なんですよね?」
舞人はこんな祈梨ちゃんの言葉に対して“……”を重ねることしかできません。
正直にいわなくても舞人はそこまで大湊氏たちを信用できていないからです。
たぶん今の舞人にとっては“白き弓”を握っていたことが全てなのでしょう。
舞人は信じてみようと思っていたのです。
母の愛はどんな変化からも守ってくれると。
だってそれが舞人にとっての“もしかしたら”だったのですから。
「……今度はぼくも戦ってみるよ。この白い弓を握って。――何か問題はある?」
「もちろん俺たちは問題なんてないが――」
世界が壊れてしまったのかと思いました。
世界の死神が舞人たちのことをみつめたのです。
友達のように優しく微笑みながら。
「やっぱり奴らは何か言いたいことがあるようだな」