第128話:『目睹の表裏』と『愁色の王妃』
”これからは二度と悲しみが起きないように世界を殺してしまうのか”。
”これからは二度と悲しみが起きないことを信じて世界を生かすのか”。
これらは友秋にとってはどうしようもないほどに究極の選択でした。
いっそのこと世界が悩む価値もないほどに希望を失ったものなら友秋としてもなんら苦労はないのですが、友秋の前に広がる世界はあまりにも二面的なのです。
どこに“真の敵”がいるのかもわからない状況に焦燥を覚えて、でもだからといって自分は“愚か者”だからか状況はただ悪くなる一方なので、もう本当に何もかもが嫌になる中でも、この世界には何かと悪くない事で有り触れていますから。
つい数十分前でしょうか?
舞人が誰かに諭されるわけでもなく自発的に謝罪をしに来てくれたのです。
でも友秋としても冷静に考えてみれば自分だけが舞人のことを“短気”だなんていう非難はできませんし、舞人の頬を叩いてしまった罪悪感は確かに友秋の胸の中にもあったので、こちらからも舞人には謝罪をし返してあげました。
仮にも兄弟という間柄だというのに、なんともよそよそしい応酬をすると――、
「じゃあぼくも忙しいからまた」
舞人はさほど忙しくもないだろうに早速退室しようとしましたが、友秋の左横にいたエリサちゃんは王妃なりのお節介を焼いて休んでいくように願う中でも――、
「本当に大丈夫ですよエリサちゃんさん。ぼくはお腹が痛いから帰ります」
と舞人は出口を目指しましたが、舞人の右手を掴んでいるエリサちゃんは――、
「じゃあこうしましょう舞人さん。――舞人さんがじゃんけんでわたくしに勝てたらお逃げになっても構いませんが、負けてしまったらここに残って下さいね?」
おそらく舞人としても反則的なまでの反射神経を使用できるじゃんけんでは勝てる自信しかないこともあり、エリサちゃんとの対決も受け入れましたが――、
「……うそっ。ぼくがじゃんけんで負けた……」
「舞人さんがパーでわたくしがチョキだから、わたくしの勝ちですよね?」
唯一の特技ともじゃんけんで敗北した舞人は魂が抜け落ちたように放心しながらも、エリサちゃんにエスコートされてソファーまで連行されてしまいました。
ここでやっと友秋もエリサちゃんの余計なお節介としかいえない行動に口を挟もうとしましたが、エリサちゃんから“早く友秋も座ってください。お飲み物などはわたくしが用意しますから”という意味の瞳でみつめられると、尻に敷かれている友秋も結局は反論できずに大人しくソファーに座り、恭しく一礼したエリサちゃんはキッチンへと向かってしまうので、舞人と友秋はリビングに置き去りでした。
なんともいえない気まずさが2人の間には沈殿します。
でも友秋としてもこんな空気のまま放置するのはいささか兄としての沽券に関わりますし、また友秋的には以前から舞人には“大きな借り”があったので――、
「……今はもう桜雪にいろいろ任せているのか?」
お互いにとって今はもっともあたりさわりのなさそうな話題を提供しました。
でも舞人なら今まで通りにただ頷くだけかと思ったのですが――、
「……怜志と静空の所にいったのか?」
「あいつら舞人にいったのか?」
「……しょうもない話しをして帰ったってさ」
「しょうもない頭をしているから高尚過ぎる話しの本質が読めないんだろうな」
ここで木製のお盆を両手に上品に持ったエリサちゃんも再登場してくれます。
仮眠をしたからよく働くのか、それとも将来自分の弟になるかもしれない舞人に王妃らしい一面をみせたいのか飲食物を差し出していましたが、遠慮ばかりする舞人に結局は強引にアップルティーやキャラメルエクレアを飲食させる中で――、
「でも舞人さん。実は今わたくしはマジシャンになろうと思っているんですよ?」
エリサちゃんは数ヵ月ごとに将来なりたいものが変化するので、この間まではカメラマンになろうとしていたのに、今はマジシャンでした。“ン”しか共通点はありません。“ン”しか。それは舞人も“んっんっ”という顔になってしまうでしょう。
「でも舞人さん? 舞人さんなら身体に剣を刺してもなんともありませんよね?」
「……どうして最初から失敗しちゃう前提なんですか……」
「剣を刺したあとに身体が吹き飛んじゃうのがわたくしのマジックなんですよ?」
「……やっぱりエリサちゃんさんも黒ヒゲ危機一髪って知ってます?」
「――エリサマジック!」
「えっ。えっ。えぇ~!? いきなりぼくの袖の下からフクロウが現れたっ!」
同一言語で意思疎通できるのにまったく言葉を交わそうとしない舞人と友秋の通訳にもエリサちゃんはなってくれましたが、だからといって2人の仲が改善するわけでもなく、それでも後転しなかったのは吉報と呼べるような兄弟の関係下で、舞人は最低限失礼でない程度にお邪魔したら、早速退室しようとしました。
でもそんな中で舞人は出入り口の扉に手をかけながら――、
「……あんたが正しいと思い続けていた道は本当に正しかったのか……?」
「正しい選択なんてこの世界にはないよ。人はただ間違ってない道を歩むだけだ」
「……そうかよ。じゃあ奈季や瑞葉も“間違ってない道”を歩んでいるから、こんな時にもぼくを助けてくれないんだろうな。本当に最悪な世の中だよ……」
いっそのこと“怒り”や“憎しみ”が込められた言葉で想いを吐き捨てられれば、友秋も心のどこかでは吹っ切れてしまうような気がしますが、あのような悲しみだけを残されたら、いったい自分はどのように罪を償えばいいのでしょうか。