第125話:『到頭の謝罪』と『豁然の事実』
でもこうして考えてみると数年前から何も変わっていません。
あの頃から瑞葉くんは悲しいほどに馬鹿で、奈季くんは腹立つほどに屑でした。
友人でなかったら百歩引いて接したくなるような連中ですが、根っこの部分では道理が通った人間だと知っていたからこそ、舞人は誰よりも近くにいたのです。
でも今の舞人が2人とは“もっとも遠い距離”なのは、なんて皮肉でしょう。
自業自得で生んだ“悲しみ”といえど、“悲しみ”には変わりません。
もしも舞人があくまでも一個人の青年なら、ここで悲劇の人物らしく世界の片隅で涙を流し続ければいいのでしょうが、今は旭法神域のみんながいました。
“負なる者”という存在が幅を利かせている現状では平気そうに笑っているみんなも、心の片隅にさえ不安の感情がないといえば、それはうそになったでしょう。
「……でもごめんね。瑞葉や奈季や風歌のことはさ。あの3人がいまここでみんなの力になれていないのは全部ぼくのせいだよ。だから本当にごめん……」
舞人は誠心誠意の謝罪をしました。
芸術品のように白い肌を包む舞人の白き髪も、宿主と同じくうな垂れます。
「謝るなんてやめてよ舞人兄。舞人兄は何も悪くないんだしさ。……それにそもそも本当に謝るべきはぜんぜん力になれていない僕たちの方かもしれないしね?」
舞人だって大切な人が“思い出だけの存在”になってしまう辛さは痛いほどにわかります。むしろ今は舞人だからこそ余計にその辛さがわかるのかもしれません。
でも旭法神域のみんなはそのような状況でも奏大くんを筆頭にしてこのようにを気遣ってくれますので、舞人としてはみんなから気遣ってもらえることに“みんなから嫌われていない”という点で安堵を覚えながらも、だからといって今は感謝もできませんし、舞人はあらかじめ予定していた言葉を淡々と続けました。
「……みんなからの助けは十分にありがたいんだけどさ――やっぱり負なる人との戦いはどうしても避けられなさそうなんだ。でもそれが正しいかわからない?」
誰ともなく舞人は問いかけました。白髪に隠れていた瞳をみんなに戻しながら。
でも今度は逆に旭法神域のみんなが瞳を逃がしてしまう順番だったのです。
「……だってさ舞人。その人たちも元はわたしたちと同じ”人”だったんでしょ?」
もともと花恋ちゃんは人間という存在が大好きな少女だからこそ、人間同士が白と黒になって傷付け合う現状には色々と思うところがあるのかもしれません。
でも舞人としても明快な答えは生み出せません。
「……まさに歌恋のいう通りなんだよね。何が本当に正しいのかはぼくもわからない。……ぼくからはみんなを守るって約束で精一杯なんだ。ごめんね……」
もしも“負なる者”が地球外生命体だったりしたら、完全に割り切ることもできるのでしょうが、“負なる者”の始まりは、同じ国に住んでいた人々なのです。
明確に“敵対者”として断言するのは、心が引き裂かれるような痛みでしょう。
負なる者と負なる者でない人の差はいったいどこにあるのでしょうか?
「……でも舞人くんは急にいなくなったりしませんよね?」
そんな中で歌恋ちゃんの無二の親友であり、自分という存在を愛しているからこそ直感というものが強かった蛍子ちゃんが、不安げな言葉を投げてくれました。
でも舞人だってもしも自分が蛍子ちゃんの立場なら、瑞葉くんや奈季くんの消失が何かの拍子に舞人にまで繋がってしまわないか、不安になったでしょう。
しかし舞人にとっては、みんなと約束をしてしまうことが涙の痛みなのです。
この戦いの果てに自分が笑っているビジョンがどうも想像できませんから。
世界に終焉の鐘がなってしまうらしい、“クリスマス・イブ”までの未来はなんとなく想像することができるのですが、それ以降が完全に“真っ黒”なのです。
“真っ白”ではなく“真っ黒”なところが舞人の未来の暗喩なのでしょうか?
でもみんなに悲しい顔をさせてしまう事が恐い舞人は、真実を告げられません。
「いなくならないよ。ぼくはもともと幽霊みたいな存在なんだしさ」
舞人は惟花さんと出会ってから、こうしてみんなと過ごすようになって、いつの間にか友好のための“偽者の表情”というものを覚えてしまっていたようです。
本当に嫌な世の中でした。
それとも世界を嫌なものにしているのは、臆病な舞人自身なのでしょうか?
舞人にとって幸いだったのは、旭法神域のみんながこの舞人の言葉にほっとしてくれていて、自分は正しいという認識をわずかでも心に得られたことですが。
「てかさ何か変わった?」
確かに今までの話題はお互いにとっても不可欠なものでしたが、だからといって魅力的な話題でもないので、舞人はほとんど間なく新たな話題を提供しました。
「なんかぼくに対する愛情が深くなった感じがするんだよねぇ」
もしもこの場に瑞葉くんがいたら霧吹きのように紅茶を噴き出したあげくに余計におならまでぷっと漏らして、奈季くんの場合は赤い絨毯の上に笑い転げるほど爆笑したのでしょうが、別に舞人は笑いを取りにいったわけではありません。
今回は珍しくガチだったのです。
他人から愛されることを何よりも望んでいる舞人が、惟花さんからお菓子を買ってもらえた時のような満面の微笑みをしていたのが、全ての答えでしょう。
「……だって舞人は何回も守ってくれたんだもん。それは当たり前でしょ?」
ここでもしも同性の青年がこんな事を申してきたら、遠慮なく舞人は彼の眼球へと矢のようなつばを吹きかけたのでしょうが、左斜め前の木の椅子に腰掛ける歌恋ちゃんが全ての発端の言葉を発してくれたので、舞人は投げキッスをしました。
我ながら馥郁だと思う紅唇に爽やかに触れた舞人としては、やはりネタなんかには走っているつもりはありませんが、外野からみれば笑いを禁じ得ない舞人の言動には、旭法神域のみんなも微笑みを漏らして爆笑の旋渦に包まれていました。
「でも知ってるか、舞人?」
そんな中で頃合を見計らって恵吾くんが声をかけてくれましたが、恵吾くんは“寝ぼすけの怜志くん”や、“舞人以外では唯一惟花さんのほっぺを握れる静空ちゃん”と親しい事実が示すように舞人よりも数歳ほど年上の青年ですが、やはりよく舞人の事を気にかけてくれていて、また恵吾くんには“浮世離れした雅さがあって骨董品集めなどを趣味とする一方で、『幽霊』のような無言の恐怖がある存在を恐がる”など不思議な親しみ易さがあったために、舞人本人もよく懐いていました。
「……それが舞人くん。実は私たちの中で、“友人たち”を負なる者にさせてしまて失ってしまった人はいないんですよ……。……いまこの場にいる人はみんな、負なる者になってしまった方々の手で奪われてしまってという形ですから……」
えっというのがありのままの舞人の感想でした。
だって舞人としては旭法神域のみんなが一定数消失してしまった理由は、負なる者との斬り付け合いで“命”を失ってしまったことはもちろん、彼らと戦っている最中に恐怖に心を染められて、負なる者になってしまった人もいるはずだったのに、自分たちの友人で“負なる者”になってしまった人はいないというのですから。
これはいったいどういうことなのでしょう。
未開拓な存在である負なる者に対し、揺るぎなき一撃となるのでしょうか?
「……誰にもいってないんだよね?」
「……わたしたち以外は誰にも」
「じゃあそのまま誰にもいわないで。今は誰を信じればいいのかわからないからさ。でもそんな中で教えてくれてありがとう。必ずみんなのことはぼくが守るよ」