第122話:『破竹の激走』と『濛濛の愛情』
およそ15分振りの太陽の眼差しに眩しげにする舞人たちとしては、右斜め前にみえていた牛舎へとこのまま連れていってもらえるのかと思いましたが、なぜかそういうわけでもなく、牛舎の裏手の《放牧の区域》へと案内されてしまいます。
野球場のような広さでした。真ん中に立ったらセミさんの声もさぞ小さくなりそうです。……ここの芝生は太陽の優しさを存分に受けているから天ぷらにしたら美味しそうだなぁ……と貧乏の卓越者らしい思考を舞人と瑞葉くんはしました。
乳絞りをさせてもらう牛さんを自分の足で探すことがまずは第一のスキンシップなのかと、未だに舌の上にアイスの味わいが残る舞人たちが解釈する中で、雑種犬の名前を冬音ちゃんに聞かれ、嬉しそうに教えてあげていた牧場のお姉さんは――、
「……実はねみんなには少しお願いしたいことがあるんだけど」
とせっかく大きなおっぱいをしているのだから舞人の事なんて顎で使ってしまえばいいのに、なんだかとても申しわけなさそうに何かをいいたげにしました。
舞人にとって美人でおっぱいの大きいお姉さんは、神様のような存在です。
惟花さんが右隣にいたら金槌で頭を叩かれる勢いで、舞人は敬礼をしました。
波のように芝生が揺れる中で、舞人からの答えに嬉しそうに微笑んでくれた牧場のお姉さんは、日焼けなき右手を穏やかな風に泳がせ、ある一点を指差します。
天空でゆったりと動く雲とは対照的に、まるで雪崩のような轟音とともに大地を削り上げながら突進してくる牛さん(美少女)の姿が、舞人の瞳には映りました。
「えぇ! なになに! あの子めっちゃぼくのほうを目掛けて走ってくるんですけど! てか逃げないで! なんでみんなぼくの事を置いて逃げるの! 深彩さん! 深彩さんまで逃げないでくださいよ! なんですか、あの子は!」
「舞人くん! 可愛い咲優のことを舞人くんの大きな愛でなんとか愛して――!」
百歩譲って少女たちが背中を向けるのは諾諾しますが、瑞葉くんの逃亡は絶対に許せないので、喉が渇水するほどの勢いで瑞葉くんの名前を叫んでいると――、
「!」
食パンを咥えた女子高生(美少女)と道路の曲がり角でお見合いした時の衝撃を軽く100倍はした勢いで、牛さんの突進を背中へと喰らってしまいました。
舞人はまるで海老のように身体を反らせたまま、”甲子園のレフトスタンドへと吸い込まれていく白球”のような美しさで、那須の大空を吹き飛んでいきます。
カーカーとのん気に鳴くカラスも、今だけは舞人を馬鹿にしているようでした。
「おめでとう、舞人くん! これでフラグゲットだね!」
仮にも親友のことを見捨てておきながら、自分は芝生上で笑い転げる瑞葉くんに対し、スイカのように頭をかちわりたくなるほどの殺意を覚える中で、最後の最後まで舞人のほうを振り返りながら牛さんがどれだけ近づいてくるかを実況してくれていた冬音ちゃんはふわふわの芝生上に倒れる舞人へと人工呼吸と称して、息を送り込むのではなく逆に大切な酸素を吸ってしまいむしろ舞人を殺すための処置をする中で、あれほどの全力疾走をしても尊敬をするほどに息を乱していない智夏ちゃんはどうせ舞人なら心配ないでしょと考えてくれているのかそれとも冬音ちゃんに可愛らしく嫉妬しているのか、先ほどまでの興奮がうそだったように平然と牧草を食べる牛さん(美少女)に瞳を向ける中で、こういう時ばかりはご主人様に都合よく寄生して無事なシェルファちゃんとそんな現金なシェルファちゃんを叱るロザリアも、「このままじゃ舞人が死んじゃうからアイスを食べさせてあげなくちゃ!」と考えてくれて、牧場のお姉さんは牧場のお姉さんで、いつまでも芝生上に笑い転げて舞人を笑い者にする瑞葉くんの態度にさすがに噴き出していました。
不死身の名に相応しくゾンビのように復活した舞人が、セミさんだって舞人のことを心配をするように鳴き止んでくれている中で、ずっと芝生上で笑い転げ続けていた瑞葉くんのことを一度地獄に叩き落そうかと思いましたが、2人の間に割って入ってくれた牧場のお姉さんから止められて、その時に舞人はどさくさ紛れに牧場のお姉さんのおっぱいを触れたので、舞人にとってはここ数分の過去が全て、“+”に変換される中で、「お父様お父様。お父様が突かれたのはお尻ですか背中ですか?」という死ぬほどにどうでもいい確認ばかりする冬音ちゃんとは対称的に、智夏ちゃんが舞人の髪に付いた芝生をなんの気まぐれか取ってくれている中で――、
《あの危険な牛さん(美少女)が突進をしてしまうのは自分が気になった人だけなので、あの子から随分と気に入れられているらしい舞人がデレさせてくれ》
というのが舞人たちへの望みなんだということを、さすがに突進まではされなくてもツンツンをした態度は取られている牧場のお姉さんは教えてくれました。
しかしなんてことでしょう。「ツンデレやっほー」といっているうちにこの国は、牛さんまでツンデレになっていたようでした。世も末とはこのことです。
でもツンデレといわれれば不思議とあの牛さんのことも可愛く思えます。
細かいことを考えなければ智夏ちゃんと似たようなものでしょう。
とはいえ智夏ちゃんの扱い方は心得る舞人も、さすがに牛さんの口説き方は未知の領域なのですが、『おっぱいを絞らせてあげることの素晴らしさを教えてあげればなんとかなる』と、牧場のお姉さんは教えてくれたので、《世界を救うのは愛じゃなくておっぱいだ教!》に属するほどにおっぱいの無限の可能性を信じる舞人は、お姉さんの穴だらけの理論も信じて牧場のお姉さんの手足となりました。
午後3時というおやつの時間帯。決闘に相応しい微風が木々を揺らす中で、広大なる芝生の上に佇む舞人たちが牛さん(美少女)と向かいあう中で、セミさんや小鳥たちは『頑張れ~』といいたげに応援をしてくれて、果てには雲までソフトクリームの形になる中で、どこからか集まってきた人間の野次馬も登場します。
もちろん舞人と瑞葉くんは、「舞人様!」や「瑞葉様!」と敬られるわけではなく、「あっ。舞人と瑞葉じゃん。写真取ってネットにばら撒いちゃおう」的なノリで接されるだけなので、顔をみられただけで少女たちに笑われるのがオチです。
しかし何はともあれあの牛さん(美少女)との戦いは先手必勝でしょう。




