第120話:『幸甚の恋歌』と『夏日の慰撫』
でも知っての通りに舞人は、瑞葉くんのように司教という立場ではありません。
明文化された立場では、旭法神域の信徒たちを従える存在ではないのです。
舞人と旭法神域の信徒たちの関係は、“父と子”という間柄が適当でしょうか?
特別な決まりはなくても有事の際には、舞人の支配下に入ってくれますし。
「でも私もクリスマスは舞人と一緒に過ごしたいなぁ。だって舞人ってさなんだかんだいってもすごく格好いいもん。なんか優しく抱き締められたい感じがするの」
世界が闇に屈しているこんな時だからか、それとも舞人への信頼の現われなのか、普段と変わらない祝福の談笑に満ちていた空間に謎深き存在が現われました。
舞人の崇拝者たちです。
彼女たちは、お化けのような密密さで現われたかと思うと――、
十年来のファンのような熱心さで舞人のことを、よいしょしはじめました。
「もう俺の降参でいいよ恵吾。ここから巻き返せるのは相手が瑞葉限定だしね」
「《ビオネンテの鳳凰》って、もしかして恵吾は舞人の次に強いんじゃない?」
「うんうん。舞人も“フィアレル”は強いからねぇ(カードゲームの一種。敵の総大将を撃破あるいは敵の王城を制圧すれば勝利。手札のような概念はなく、初めに軍隊と兵備を設置してから、先攻後攻を決めてお互いのカードを動かす。伏せカードともいえる兵備は20枚まで設置でき、一定条件下で自軍の補給もできる)」
「しかも舞人ってすごくイケメン」
本当になんだというのでしょうか。隙あらば舞人を褒め称えようとする少女たちの増殖で、さすがの旭法神域の信徒たちも周りの人たちとざわつき始めました。
それぞれみんながいったい何が起こっているのかを予想しあう中で、昆虫が脱皮でもするように舞人の崇拝者の少女たちは本物舞人になり、当然のようにみんなの話しに混じっていくので、青年と少女たちは真っ当な悲鳴をあげてしまいます。
「きゃぁ! どんだけ舞人ばかりいるのよ! ホラーじゃない、ホラー!」
「ていうかさっきから舞人をやけにあげてたやつがいるが、自作自演かよ!」
「「「「「やっぱりね」」」」」
なんてことでしょう。
舞人への賛歌は協調性が皆無なくせに、舞人への非難は息がぴったりでした。
舞人が女の子だったら、ヒステリックに泣き喚いていたことでしょう。
でもこんなことでいちいち悲しんでいては、智夏ちゃんのパパはできません。
実は舞人も真っ当な用事があり、みんなのもとを訪れていたのです。
人として大切な部分までとうとう血迷ったのか、それとも貧乏が極まったのか、惟花さんへのクリスマスプレゼントとして、ラブソング(クリスマスバージョン)を贈ろうとしている舞人は旭法神域のみんなに聞いてもらい、どこかおかしい所があれば指摘してもらい、聖夜までの数日間で仕上げようとしていたのでした。
でもそもそもをいえば恋愛なんてものは愚かになった者勝ちなので、こんなにも馬鹿らしく愛してくれる舞人に愛情を注いでもらっている時点で、惟花さんにとってはこれ以上ないほどの、クリスマスプレゼントだったのかもしれませんが。
でも舞人としては視界に入るだけの旭法神域のみんなが笑ってくれていても、肝心の瑞葉くんや奈季くんの笑い声が聞こえないことに珍しく瞳を伏せそうになってしまったのですが、そんな舞人に心優しき神様が哀れみを覚えたようにして、とてもよく見知った《アイスのパッケージ》を視界へと映し出してくれました。
牧場の常連であるロザリアが、いったい何をどう間違えたのか、《なかよし牧場》と《なになに牧場》を勘違いして、いつも《なになに牧場》と呼んでいたので、いつの間にか《なになに牧場》と呼ぶ人が増え、最終的には牧場のお姉さんも《なになに牧場》と改名したのですが、舞人にとってはその《なになに牧場》で瑞葉くんや奈季くんや旭法神域のみんなとの、とても思い出深い喜劇がありました。
物語のページが捲られた瞬間は、なんとも舞人らしい始まりです。
それはある8月上旬の雲一つない快晴の日でしょうか?
太陽から恋心を抱かれた樹木では何がそんなに楽しいのかセミさんたちが真夏の大合唱をする中で舞人は大聖堂の王の間の中にある自室にいて、白きというものが流れている割には夏バテにでもなったようにだらだらと過ごしながら、……はぁ。どうせ夏ならもっとおっぱいがみたいなぁ……、なんて欲望丸出しのことを考えながらも、智夏ちゃんがクワガタのために開けたゼリーを智夏ちゃんが食べるゼリーだと勘違いした舞人は、さも当然のようにぺろりっとしていました。
……? ……この葡萄ゼリー何か変だなぁ……とさすがの味覚を発揮はしても、結局は頭が弱いためにごくんっとしてしまう中で、こんな暑さの中では団扇代わりにするのが適材適所かと思えるように翼で強く風打つシェルファちゃんと――、
「ふははっ! 超お久しぶりよ、みんな!」
と夏バテなんて言葉さえ知らないようなロザリアが、遊びに来てくれました。
適温なのはもちろんのこと、惟花さんが芳香剤代わりになってくれているおかげで、花束の香りが星のように煌く舞人の部屋に、ロザリアは突っ込んできたのですが、そんな舞人の部屋の中では、つい先ほど匍匐前進をしても到達できるような近さにある小川へと赴いて、《水草》を入手してきてくれていた奈季くんや、夏の風物詩である《風鈴》を机上で作成する瑞葉くんが歓迎してあげる中で――、
「みてください、ロザリアとシェルファちゃん!」
「!!!」
「昨日お出かけをした時に、お父様とお母様に買ってもらったんですよ!」
と寝台から起立した冬音ちゃんは、奈季くんのことをパシって取ってきてもらった水草をちゃんと入れてあげた、《色鮮やかな金魚さんが3匹ほどぷくぷくしている金魚鉢》を、中身ごと飲ませるような勢いでロザリアに自慢していきました。
「わかったわ、冬音ちゃん! わかったから、そんなに余に近づいちゃダメよ!」
でもこれにはさすがの魔王様も腰が引けていて、同じく両親から買ってもらったクワガタと舞人のお鼻をなぜかしきりに見比べる智夏ちゃんを盾にしていました。
再会そうそうロザリアは冬音ちゃんの玩具でしたが、こうして遊びに来てくれると親戚のお姉ちゃんのように、舞人の愛娘たちにお小遣いを与えてくれます。
お金の匂いはしなくてもロザリアの匂いだけはいつもいっぱいの桃色のビリビリ財布をビリッとしたロザリアは、一目みただけで全ての中身を把握できるだろうある意味で合理的な《小銭入れ》を何度も確認していたのですが、ロザリアの左肩に乗っているペンギンシェルファちゃんは、仮にもご主人様のことを馬鹿にするように「×」と両手で作っていたので、つまりはそういうことなのかもしれません。
ロザリアは夏場でアイスをたくさん食べていて、お金たちが死去したのです。
それでも心優しいロザリアは、たとえお財布がそれのみの重量になっても、いつも通りにお小遣いをくれるので、冬音ちゃんは何か心に引っかかったのか――、
「! もしもロザリアにお金がないなら、牛さんのおっぱいからアイスを作ればいいんですよ! それならロザリアも、好きなだけアイスを食べられます!」
ロザリアの両手を扇風機のように振り回しながら、こう提案してあげました。
目が回る勢いで腕を回されるロザリアも瞳には、アイスクリームマークです。
「! 超天才だわ、冬音ちゃん! さすが舞人と惟花ちゃんの子供ちゃんだわ!」
まるで恋人のように仲良く手を繋ぎながら幸せそうに回転をして、お互いの名前を呼び合う馬鹿2人のことを、智夏ちゃんは自分も同じくもらった百円玉を手の上で遊ばせながら呆れの瞳でみていたのですが、暇つぶしの一種かそれとも慈愛の一種か、2人に協力を申し出たようなので、電車を乗ることさえも心もとない2人は頼りになる引率者を得て、酪農地がある栃木県の北部まで早速向かいました。