第10話:『空中回廊』と『疫病神』
大聖堂が合計で6つの区画に分けられているのは何度も述べましたが、それら6つの役割まではまだだったでしょう。だから以下にその役割を記しておきます。
まず第一に先ほどの南東側の大聖堂が“礼拝堂”としての役割を果たしているのに対し、北部側の大聖堂は旭法神域の司祭以上が話し合う“議会の間”でした。
そして南西の大聖堂が県民向けの魔法陣関係を貸し出す“魔法の間”であるのに対し、北東の大聖堂が県民向けの行政を司る“施政の間”であり、北西の大聖堂が龍人や歌い子が親睦を深めたり、武器貯蔵庫が眠る“演舞の間”でした。
そしてこれを中央区域にも置き換えると、“瑞葉くんの本拠地”となりました。
4階建ての建物には執務室や客室の間、謁見の間や娯楽の間、大理石の間や音楽の間、さらには屋上の間というものがあり、そのほかにも数多くの部屋がありましたが――全て瑞葉くんに関する部屋や賓客用の部屋だったのです。
本来はいま舞人たちがいる場所も一枚張りの真紅の絨毯が床に敷かれていて、天井には上品な装飾がされた豪奢なシャンデリアがみえ、クリスタルの窓硝子からは陽の光りが入り、どこからともなくパイプオルガンの音色が聞こえる――というほかの教会の上役を招き入れてもなんら恥ずかしくない空間のはずでした。
でも今はありとあらゆるところが蠕動する黒き結界によって犯されています。
その深刻さを示すように黒き床の上には死体がごろごろと転がっていました。
それでも今の舞人たちには彼らを弔ってあげるような猶予もありません。
背後からは濁流が迫り、正面には黒き龍人と歌い子たちですから。
「……でもこんな感じだともうこの辺りにも誰も残っていない感じなのかな?」
「今は祈るしかないのでしょうね。無事に惟花様たちは最上階に向かえていると」
さすがの負なる者もこの空間内では外の世界のような“数の暴力”を使うことも出来ないようで、舞人たちを待ち構えるのは複数の龍人や歌い子のみでした。
このまま行けばお互いの位置的に舞人が疾風を纏う龍人の相手で、桜雪ちゃんが双刀を握る龍人の相手となりましたが、どちらが貧乏くじかはわかりません。
でもそんな中で舞人は桜雪ちゃんの胸部へと何かが入り込むのを感じます。
白き血液を媒介に“相手にする龍人を変えれる?”と桜雪ちゃんに伝えました。
彼らと交錯する直前に2人は斜めに交差します。
何千回と練習したような息の合った動きには黒き龍人たちも追いつけません。
空気を破壊するような勢いの舞人の白き刀が双刀の龍人の心臓を割りました。
桜雪ちゃんの胸部に生まれていた“何か”は磁石だったのかもしれません。
この闇色の龍人が両手に持つ短刀とそれは対極を成していたのでしょう。
桜雪ちゃんに切り伏せられても直後に投擲さえすれば確実に相手を殺せます。
とても素晴らしい作戦でしょう。
唯一不運だったのは舞人に全てを気付かれてしまったことだけでした。
舞人が白き刀を振り終えた時にはすでに疾風の龍人も死者になっています。
疾風の鎧を纏っていた彼の胴体も桜雪ちゃんに真っ二つにされていましたから。
桜雪ちゃんが使った技の詳細まではさすがに舞人もわかりません。
無限大とも呼べるような可能性が桜雪ちゃんの右手にはありましたから。
でも素直に舞人も桜雪ちゃんは強いと思います。“生み出せる能力は無作為で、一度選択した能力は3分間変更できない制約”はあっても強力過ぎる能力でしょう。
「強いね桜雪ちゃん。君の強さは本物だよ。――さすがはぼくの妹ちゃんかな?」
階段の終着点だった五角形の空間へとも2人は同時に到着できました。
そしてそこからは東西南北に伸びる4つの空中回廊です。
舞人は右斜め方向にみえていた北側への進路を迷わずに選択しました。
でも予想通りに空中通路は崩壊したので舞人は桜雪ちゃんを右手だけで抱えると、そのまま勢いよく1つの煉瓦を蹴り出し、壁沿いの回廊へと到達します。
「ふぅ。なんかいつもぎりぎりだね。逆境に追い込まれるのは慣れっ子だけどさ」
「だからお兄様は嫌なんですよ。疫病神とばかりイチャイチャしていますから」
文句ばかり述べてくる可愛い桜雪ちゃんを右手に抱いたまま舞人は壁沿いの回廊も全速力で駆け抜けて行きましたが、この壁沿いの回廊は建物をちょうど一周していて、南北の位置にはさらに建物の深部へと目指せる通路がありました。
舞人は北側の通路を発見できるとそちらへと曲がります。
そしてこの通路の最奥にある分岐点も左右どちらかに進めば上階への階段です。
「そういえばさ桜雪ちゃん! もしかして君も惟花さんのことは覚えてないの?」
「はぁ。わたくしがお兄様の彼女さんを忘れるような失礼者にみえますか?」
……ていうか惟花さんって、“この世界”ではぼくの彼女になっているんだ……。
……やっぱりいまぼくがいるところって何かが変だよねぇ……。
そして舞人たちも無事に新たな分岐路へと辿り着けました。
でもいざ舞人が右手側の通路へと曲がろうとした直前に急激な気配を感じます。
これは明らかに負なる者とは異なる気配でした。