第115話:『星影の白龍』と『僭越の人形』
突破力では郡を抜く舞人が正面で、左右には舞人の愛娘たちで、後方に桜雪ちゃんで、みんなに守られるように桜雪ちゃんの歌姫の密偵役の少女たちでした。
数万の枝が嵐を刻む鎹の木の本丸を進むには、どうしても飛行能力が必要です。
白き血の激しい消耗さえも覚悟で舞人は、少女たちに白き翼を授けました。
また惟花さんなら助けにいくべき人々の正確な位置さえ、自然と感知できます。
『やっぱりここから750メートルぐらい、右斜め前のところかな?』
「本当に?」
『本当だよ。じゃあ舞人くんも確かめてみれば?』
「冗談だよ。でも華葉ちゃんと星美ちゃんが教えてくれた通りだね?」
「でもさその人たちだって、そう長続きはしないでしょ? 今までだってずっとそこで耐えていたんだろうし、強くなった鎹の子の攻撃まで受けたりしたらさ?」
「なんて聡明だ、智夏ちゃん。さすが惟花さんの娘だよ。お父さんは感動した」
白と黒がぶつかりました。
舞人はありったけの白き血を刀に注ぎ込んで、際限なき絶技を見せつけます。
遥か遠くからでも視認できていた通りに鎹の木は、完全なる枝の海でした。
視界のいたるところに枝が廻らされて、息苦しい圧迫感を感じてしまいます。
上下左右の全てから攻撃が迫るので、舞人たちは手を緩めることができません。
愛知県全土の《神の愛》の吸収から鎹の木は、大進化してしまっているのです。
《精神支配の炎》と《状態異常の水》は、舞人も《白き血の霧》の効果を強めれば少女たちを守護してあげれますが、それらに力を割くために、鎹の枝そのものの秀抜の攻撃力と、鎹の風の魔法破壊に、今度は苦戦を強いられてしまいます。
でも悲しいほどに馬鹿な瑞葉くんには、先見の明がありました。
むしろそれだけが瑞葉くんの取り柄です。
舞人たちが今もっとも欲しい魔法も、数分前から唱えてくれていたのでした。
瑞葉くんでさえ詠唱に数分間もかかるのなら、浮世に冠絶したものでしょう。
「遠慮なんてしないで使ってくれ、舞人くん。これが僕の全力だよ」
「ふざけんな瑞葉! 遠慮も何も、お前はただぼくの白き血に魔法を教え込んでるだけで、一番大切な力を引き出してるのは――ぼくの白い血じゃねえか!」
「舞人くん。今は緊急事態なんだから、細かいことは二の次なんだよ」
「覚えておけよ、瑞葉! 今日という今日は、絶対にお前のことを許さない!」
珍しく本気でぶち切れる舞人も、智夏ちゃんと冬音ちゃんに合図します。
白翼を背負って戦う愛娘たちは、待ってましたとばかりに槍を一閃しました。
純白の槍の軌跡を辿るように、それぞれ1つずつ魔法陣が完納されます。
初雪の輝きの魔法陣からは手乗りサイズの小箱が、無数に生み出されました。
白き小箱はみるみるうちに結集して、最終的には《純白の竜》を召還します。
ロザリアの相棒である、シェルファちゃんと瓜二つのドラゴンです。
智夏ちゃんと冬音ちゃんは白き箱で何かを生み出す時も、見当違いの形をしていては、さすがに本来の姿形に似せたものよりも能力的にも劣ってしまいますし――創造したいものの造型をより細部まで詳細に知ることによって、結果的に白き箱の使用個数も多くなり、“能力の強化”と“具現化の延長”ができるのでした。
神の化身のような超越的な姿を、双子の龍は纏っています。
舞人はそんな龍たちへと、瑞葉くんの氷結魔法を譲渡してあげました。
彼女たちにその力を与えることによって、ただ翼で空気を震わせるだけでも、迫り来る魔法破壊の風を氷晶化してもらい、鎹の風を無効化してもらうわけです。
これで鎹の風への防波堤は完成でしょう。
残る困難は、“鎹の枝そのものの攻撃力”だけになりました。
でもこちらに対応してくれたのは、桜雪ちゃんです。
もちろん桜雪ちゃんは、当時から――、
《相手が知らない能力を、ランダムに使用できる》
という戦いの神に恋慕されたような少女でした。
だからこそ、今回の桜雪ちゃんは――、
《相手の神の愛の流れを把握して、さらにはその相手の神の愛に直接攻撃できる》
という能力を、あくまでも無作為という運命下の中で、導き出してくれます。
鎹の木は現在進行形で神の愛を吸い取っているからこそ、どうしても神の愛の流れを一定化できずに、一部には乱れが生じるので、桜雪ちゃんの力を授けられた舞人たちがその急所へと会心の一撃を与えられれば、豪腕の鎹の枝も粉砕できました。
よくよく考えなくてもこの場にいる攻撃人たちは、舞人か惟花さんの血縁者たちなので、戦力的に優秀なのはもちろん、コンビネーションだって一級品です。
劣勢かと思われた空気も、少女たちの本気のみで、跳ね返せましたが――、
「「「「「「「!」」」」」」」
舞人の背中へと戦慄が走ってしまいました。
鎹の枝によって脊髄を侵食され、操り人形となってしまった“人”です。
すでに彼らの肉体は皮膚ではなく樹皮が支配しているので、人間ではなく人間のような何かですが、それは舞人たちにとって、強迫的な畏怖の対象になりました。
惟花さんや桜雪ちゃんや智夏ちゃんたちは、仮にも女の子です。
“人”を思わせるような存在を、嬉々として殺す事ができるはずがありません。
でも今は一手でも舞人たちが攻撃の手を緩めたら、彼らの後追いになります。
惟花さんでさえも、舞人に届けてくれる歌声を弱めてしまう中で――、
「!」
今にも掴みかかろうとした人間の頭部を、舞人は白き刀で木端微塵にしました。
もともと舞人は、聖人ではありません。
優しき人にはいくらでも手を差し伸べますが、悪人には蔑みの武を与えました。
舞人の無言での訴えに少女たちも覚悟を決めたのか、追撃を行ってくれます。
これでとうざの危機は薙ぎ去りましたが、現状としては未だにぎりぎりでした。
「しかしお兄様、気付きましたか!」
そんな中で桜雪ちゃんなりに場の空気を変えるように、言葉を当ててくれます。
「……何が!」
「どうして愛知の反体制派と、岐阜の連合軍の方々が手を組んでいたのか!」