第110話:『齷齪の脱魂』と『崇信の醜陋』
舞人としては汚れた刀を拭くために、奈季くんから勝手に強奪した靴下(左足のほう)を左ポケットに入れれば、あとは白き刀を背負うだけで、オッケイです。
また智夏ちゃんと冬音ちゃんは正真正銘の舞人と惟花さんの娘だからこそ、龍人と歌い子の素質を両方引き継ぎ、そのどちらの役割を演じることができました。
理由が不明の特異型として、そのような力を持つ桜雪ちゃんや美夢ちゃんと違い、智夏ちゃんと冬音ちゃんは、龍人と歌い子の両方になれる理由が明確です。
そしてそんな智夏ちゃんと冬音ちゃんも、さすがに今はおふざけをやめて、《あらかじめどのようなものを白きレゴブロックで脳内に作っておいて、またそれらをどのように使って動いていくのか》という点の最終確認を、2人でしていました。
心の赴くままに適当としか呼べない生き方をする双子ちゃんも、さすがに大切なお話しをする時ぐらいは、母親である惟花さんの横顔を連想させてくれます。
また最後に舞人たちは、《戦闘要員(舞人と惟花さんと智夏ちゃんと冬音ちゃん)と、後方支援(桜雪ちゃんと密偵役の少女2人)》の役割分担をしたあとに、舞人たちと同じくこれからのいろはを確認し終わった奈季くんたちに、別れを告げました。
でもそんな中で冬音ちゃんは――、
「??? 奏大くんや奈季くんたちは、どこにいっちゃうんですか、お父様?」
「……えぇ。だからそれはさっきぼくが説明してあげたでしょ、冬音ちゃん?」
「……半分ぐらいしか聞いてなかったんですよ、お父様。おしっこにいきたくて」
「どんだけ君は尿意を催すのよ。おしっこのことしか考えてないんだな」
「……実は頻尿なんですよ、お父様」
「今さら耳打ちで告白されなくても、そんなの君が生まれた時から知ってるよ」
多少は冬音ちゃんを見直しましたが、やっぱり冬音ちゃんは冬音ちゃんです。
舞人のため息が、青い色を持ってしまいました。
感慨深い感じのお別れを冬音ちゃんがしても、面倒見のよい面がある奈季くんは邪険に扱ったりせずに、「わかったわかった冬音。気持ちは伝わったよ。ありがとうな。でも冬音も気をつけろよ?」としっかりと想いに応じてあげていました。
現在時刻が15時30分で、奈季くんたちとの合流時間が17時です。
舞人たちがこれからの集合場所に選択した地点は、最終的に到達したい《非戦派の人々がいるだろう鎹の木の木陰》から、500メートルほど離れた所でした。
何にせよ最後は鎹の木の下に入らないといけないなら、隠密性よりも戦闘面を重視したいので、最終目的地の手前で奈季くんたちとの合流を望んだのです。
ちなみにいま舞人たちがいる地点から鎹の木までの距離が目測で15キロほどなので、どれだけ遅くてもこの道のりを、1時間30分後までには移動完了です。
でもこの距離なら魔法を多用しなくても、十分に移動できるでしょう。
舞人たちの目下の困難としては、目的地へと直行できない点でした。
いまの舞人たちの居場所から目的地まで直線を引いてしまうと、静岡県の反体制派の根城に衝突してしまいますし、そんな彼らを避けて行動すれば、付近にいるだろう宿葉教会や岐阜県の連合軍の別働隊と、相対する可能性もありますから。
わずかでも舞人たちが目立ってしまえば、宿葉教会の監視下に置かれているらしい“非戦派の人々”の身に何が起きるか保証できないので、戦闘は厳禁でした。
今の舞人たちに求められているのは、ただ隠密に非戦派と接触することです。
でもやはり世の中というものは、そうとんとん拍子にいきません。
奈季くんたちと遊離してから、ちょうど1時間ほど経過した頃でしょうか?
今にも雨を吐きそうな曇天の中で、気配を霧散させることだけを徹底する舞人たちが、風歌ちゃんのサポートを得ながら、各地の検問を突破していく中で――、
「!」
大地が痙攣したような殷々たる地響きに、突如見舞われたのです。
でもこれは地震ではありません。
戦闘の余波に大地が戦慄したのでした。
鎹の木からも数キロメートルのこの地点では、さすがに一般の人の気配もなく、龍人と歌い子の存在しか感じられなくなったところで、突如血戦が開始したのです。
清純に包まれた歌い子の歌声と、そんな歌声に付随する儀容なる神の演奏。
それらが舞人の心を、炎々と燃やしてきます。
「なんとも手厚い歓迎だね。……やっぱり戦闘が始まっちゃったのかな?」
「でもこのような命の取り合いは散発的ではなく、どこか一箇所で起きれば、連鎖的に起こるんですよね? あくまでみなさん鎹の木の掌握が目的のようですし」
超凡な桜雪ちゃんの冷静さは、禍根たる状況の中でもまったく乱れ散りません。
舞人たちに守られるように歩く密偵役の少女2人は、肯定してくれます。
そんな中で舞人と惟花さんと一緒に、先鋒を担う冬音ちゃんの――、
「お父様とお母様。あの鎹の木が真っ黒に光っていますよ。とても不思議です」
という素直な言葉にもっとも先に反応してくれたのは、両親ではありません。
密偵役の少女たちでした。
「……えっ。光ってますか、真っ黒に?」
「光ってるねぇ。目が痛いぐらい真っ黒だ。てかまずいね。ここでも戦闘が置きそう。一端街中に入ろうか。万が一でもみつかったら、今までの努力が水の泡だし」