第109話:『冠絶の偉容』と『鼎立の妙薬』
「なんだ、あれ。惟花さんぐらいに背がでかいな。――あれがうわさの鎹の木?」
自分のお嫁さんにも等しい女性を、ナチュラルに舞人は弄りました。
惟花さんは舞人のことを非難するように、龍のようなため息を紡いできます。
「そうねぇ舞人。まぁここからでも、15キロぐらい離れているみたいだけどね」
驚嘆の反応を、舞人たちは漏らしてしまいました。
心が震盪してしまうほどに、鎹の木は凄まじい存在だったのです。
あれでは《木》というよりも、すでに《山》の域に達していました。
高さが1キロメートルで、横には数キロメートルほどの図体のでかさですから。
「智夏。智夏。智夏は鎹って何か知ってますか?」
でもそんな中で奈季くんから――、
「父親と同じく馬鹿な事ばかりしてないで、智夏と冬音もちゃんとみておけよ」
と促された舞人の娘たちは、素直にいう事を聞き、舞人と惟花さんの後ろからやってきたので、舞人と惟花さんは左側に避け、娘たちに特等席を譲りました。
……ていうかあの2人は、いつも一緒にくっ付いているなぁ……。
……どんだけ冬音ちゃんは、ちなっちゃんのことが好きなのよ……。
夫婦揃って同じ事を心の中で突っ込んでしまう中で、智夏ちゃんにぴったりくっ付いている冬音ちゃんは、窓の外の光景だって、一緒に仲良くみていきます。
「もちろん知ってるわよ。お馬鹿な冬音は知ってるの?」
「もちろん知ってますよ! 親と子は鎹ですもん!」
「えぇ。覚え方少し間違ってるじゃない。しかもそう聞くと、なんか卑猥だし」
「! 卑猥は智夏の口癖です! わたしはお馬鹿ですから意味はわかりませんけど、智夏が好きな卑猥はわたしも好きです! ――智夏も卑猥は好きですか?」
「あなたが卑猥のことしかいわないから、わたしの口癖にもなるんでしょうが~」
はぁ。舞人の可愛い双子ちゃんはいつどこにいても、同じやり取りでした。
舞人の間抜けさと、惟花さんの神経の図太さを受け継いでいる証拠でしょうか。
「風歌お姉ちゃん。風歌お姉ちゃん。――お手洗いに行ってきてもいいですか?」
「え~。もうお手洗いにいきたくなったの冬音ちゃん? まだ何もしてないよ~」
「ごめんなさい、風歌お姉ちゃん。緊張しちゃったら、少しだけおしっこが――」
「! じゃあもっと早くいわないとダメじゃ~ん!」
「……本当にごめんなさい、風歌お姉ちゃん。すっきりしてたんですよ……」
「うっかりでしょ、うっかり! お漏らしですっきりしちゃダメだよ~!」
「……智夏智夏。智夏はとても優しいからわたしとも、パンティーを交換――」
「絶対に嫌よ! どうしてわたしが、冬音のおしっこが付いたパンティーと交換してあげなくちゃいけないの!? ――あなた頭おかしいでしょ、本当に!?」
「別にいいじゃん。どうせ智夏ちゃんのパンティーだって似たようなもんだし」
智夏ちゃんの赤いスカートへと、お菓子の袋のバーコードの値札(80円)をばれないように張るという、ふざけた悪戯ばかりする舞人まで混ざってきました。
「御互い様じゃないわよ! あなたは自分の娘たちをなんだと思ってるの!?」
『! じゃあわたしの下着と、冬音ちゃんの下着を――』
「もういい! お母さんまで混ざらないでよ! どうして舞人とお母さんはふざけないと気がすまないの!? だから冬音があんなんになっちゃったのよ!?」
智夏ちゃん(80円)は、自分たちの縄張りを通りかかっていく通行人にいちゃもんをつける下っ端山賊のような勢いで、いきってきました。
これには舞人と惟花さんも、殊勝に反省するしかありません。
どちらが年長者かわからない勢いで、舞人と惟花さんがお説教をされてしまう中で、当の冬音ちゃんはいっこうに改心せずに、奈季くんやこの場にいる少女たちに智夏ちゃんのお尻のバーコードのことを教えて、忍び笑いをさせていました。
笑い声に水を差された智夏ちゃんは、「もうっ! さっきからなんなの!?」という感じで振り返りますが、先ほどまで緩めていた頬を誰もが引き締め、こっちはこっちで話していましたよアピールをしたので、智夏ちゃんはもう本当にやだという感じで舞人たちを無視して、鎹の木とにらめっこをしてしまう中で――、
『もしかして何も感じてないの、舞人くん?』
舞人の緊張感を緩めてくれるような、惟花さんの柔らかい微笑みが届きました。
「いやっ。感じてるよ感じてる。なんだか嫌な予感がするんでしょ?」
『だからできる限りは、急いだほうがいいのかもしれないよね?』
承知はしていましたが、やはり今の舞人たちに、余分な時間はないようです。
密偵役の少女たちは、舞人たちがコンタクトを取るべき人々の目ぼしき居場所はみつけてくれていたので、まずはそこへと旅立っていくことになりました。
それぞれの狙いが鎹の木に集中しているからこそ、各宗派は鎹の木を中心に向かい合っているので、舞人たちが今いる場所もいつ戦地になるかわかりません。
準備が整い次第行動に移ってしまうのが、最善の一手でしょう。
万が一の際のことを考慮し、これから侵攻していくところまでは、二手に分かれて行動することになりましたが、その中心となったのが舞人と奈季くんです。
舞人グループには、決して欠かすことのできない惟花さんと桜雪ちゃんに入ってもらい、あとは現地に詳しい少女たちを2人ほどで、よかったのですが――、
「まぁそう遠慮するな舞人。可愛い娘たちは、舞人がいつも傍にいて守ってやれ」
目立つことはしちゃダメだと諭していたのに、窓から顔を出して、いまにも『やっほー』というのん気な声を出しそうな感じで鎹の木を観察している冬音ちゃんや、そんな冬音ちゃんの可愛らしいお尻を後ろから押して、階下に落とそうとしている智夏ちゃんの面倒も舞人がみるようなので、ため息をついてしまいました。
やれやれという感じですが、満更でもなさそうです。
「なんていうか寝ぼけているところ悪いな、奈季」
「別に寝ぼけてねえよ。もともとこういう髪型だよ」
「――集合場所はわかっただろ? そこに5時30分には来いよ。絶対にな」
「念を押してうそを教えるな。5時ぴったりが約束の時間だろ。馬鹿か、舞人」
「それマジ? ぼくが惟花さんから騙されてた。――センキュー、ナギーズ」
「……はぁ。でも舞人こそ気をつけろよ。何かあっても、お前のでかい死体は持ち帰るのが面倒だし、ここに放置するから――それが嫌なら燃やされて死ねよ」
「酷いね、みんな。あいつは仮にも友達なのに、あんなことをいうんだ――って、誰も話し聞いてないや。ぼくの周りにいる女の子たちもどっこいどっこいだね」
舞人のすぐ傍にいる惟花さんと桜雪ちゃんは現地の少女たちとの距離を縮めるために、心の施錠を解いた会話をする中で、冬音ちゃんと智夏ちゃんは唯一自分たちがお姉ちゃんぶれる奏大くんに、説法でした。冬音ちゃんと智夏ちゃんのありがたくない御高説を真面目に聞いてくれるのなんて、世界中でも奏大くんだけです。
しかし舞人ガールズは、悲しいほどに役に立ちません。
舞人が乙女のようにすすり泣く中でも、常に舞人の味方をしてくれるのは――、
「わたしには、さっきの話しも届いてきてくれていましたよ、舞人くん?」
水色の透き通ったネックレスから声を届けてくれる、風歌ちゃんでした。
これには舞人の表情も一転して、街角で美女にあったような笑顔になります。
「さすが風歌。それはすごく嬉しい。でもどうして奈季に怒ってくれないの?」
「だって舞人くんは死にませんもん」
「えぇ。だってぼくも不死ではないよ? 白き血が消えたら、死んじゃうしさ?」
「……えーと。それは“秘密”です……」
「いやらしいことかな?」
『そんなわけないでしょ、舞人くん。隙あれば舞人くんも、そっちにもってく』
「聞いてたのかよ、惟花さん! なら黙ってないで、もっと早く食いついてよ!」
何はともあれこれで舞人たちも、作戦遂行のための前振りが整ったのでした。




