第108話:『満都の花嵐』と『騒擾の索莫』
「しかしさすがにそれは厄介ですねぇ。その非戦派の人たちにあてがあるのならいいのでしょうが――まだそのような方々はみつかっていないのでしょう?」
「……現地にいる人たちからは、そう聞いてるんだけど――」
『でもそういう人たちが捕らえられて、言葉を封じられてる可能性もあるしね?』
風歌ちゃん自体は何も謝るような事はしていないのに、まるで自分の事のように申し訳なさそうにしていたので、惟花さんが知慮に満ちたフォローをしました。
「はぁ。でもなんなんだ本当に。最悪な世の中に生まれちまったなぁ。毎日のように舞人は目に入るし、こんなめんどくさいは奴らは世の中にのさばっているし」
馬糞でも頭に被れといわれているかのように、奈季くんは嫌悪感丸出しでした。
しかし舞人だって同感です。自分の名前の部分を、奈季くんに変えればですが。
最初はそれぞれの宗派たちも、《自分たちの信徒を守るための戦い》を演じていたのでしょうが、想定以上の終夜の争いで損害が確かになり、徐々に本性がむき出しになると、彼らは自らの信徒たちを犠牲にしても、鎹の木に執着するのです。
力なんて霧ほどしかない、《一般の信徒たち》に代わりはいても――、
神の愛を授けてくれる《鎹の木》の代わりは、いないということでしょうか?
真冬の氷よりも冷たい世の真理に、舞人が鬱々とした心境になる中で――、
「……!」
空間内を包む紺碧の魔法陣から再び霧が昇り始めて、空間が歪曲し始めます。
この長い旅も、あとわずかで終わってくれるようでした。
なんだかんだいっても小心物の舞人が、「うぅ。お腹痛くなっちゃったかもしれないぃ」と体温を下げながら腹痛を覚えてしまう中で、目の前に椅子に座る奈季くんは、今から昼寝を始めるのではと思えるほどに余裕そうにしていました。
惟花さんは恐いものなんてないくせに、またもや舞人に寄りかかってくるので、舞人は可愛い妹の桜雪ちゃんへと身体を預けて、惟花さんの頭を華麗に避けます。
舞人が微笑み、桜雪ちゃんが呆れている頃には――もう全て終わっていました。
急激な転移をしたことでの身体への違和感もなく、あたかも今ままでそこにいたかのように木の床へと足を乗せる舞人たちは、2階建ての建物の上階にいます。
栃木県も愛知県も梅雨時だから類似した天気で、じめじめとした梅雨空でした。
部屋の中自体も湿気が高くて、本来ならさぞ蒸し暑さを感じてしまうような劣悪な環境だったのでしょうが、今だけはどこかひんやりした空気が鼓動しています。
でもこれは天候的な条件ではありません。
この街を濃霧のように包む“悪しき空気”が、大きく関係しているのでしょう。
わずかな生存者はいるようですが、内戦地帯であるために街の雰囲気が酷く荒廃していて、行く先を見定められなかった魂が、鬼哭しているのです。
真夜中の墓場に1人で佇むような寒々しさを、舞人は地肌で感じていました。
でもその感情をこの場にいる誰かにぶつけてしまうのは、お門違いでしょう。
舞人たちの転移先には、到着を待ち続けてくれていた少女たちがみえました。
中部地方を中心に密偵活動を行ってくれている、歌い子や龍人の少女たちです。
静岡県の人喰いの件でお世話になった紅乃ちゃんだって、そこにはみえました。
こうしてお互いが顔を合わせるということは、この国のどこかで嫌な事が起きている裏返しなので苦笑いしか出ませんが、再会が嬉しくないといえばうそです。
奏大くんも紅乃ちゃんにお世話になったことは知っているので、真っ先に挨拶に行く中で、ほかの少女たちは舞人たちのご足労をねぎらうように頭を下げてくれますが、舞人は少女たちの肩を叩いてあげて、頭を下げる必要なんてないよと訴えてあげたあとに、「久しぶりだね」や「お疲れ様」の言葉をそれぞれの少女たちにかけてあげてから、黒髪に隠してある水色のイヤリングを使って舞人に言葉を送ってくれている風歌ちゃんの指示に従い、窓辺へと案内してもらいました。