第104話:『散逸の帰趨』と『澆季の大悲』
この期に及んでも、「やっぱり待って!」という発言をしそうな瑞葉くんのように情けない人物もここにはいないので、徐々に足元から水色粒子が吹き上がります。
これも舞人たちにとっては慣れたものですが、ふざけてばかりいる惟花さんは怯えるように舞人の右肩に寄りかかるので、ポテトチップスが食べれなくて悲しかった舞人は惟花さんの黒髪に唇を付け、山羊のようにむしゃむしゃしていると――、
「!」
空間内の全てを水中に変えるように浮遊していた水色粒子が、弾け散りました。
それが1と0を分ける引き金になって、“空間転移”が開始されてくれます。
今までは足元で輝いていただけの魔法陣が、部屋中で勃興したのでした。
「――うんっ! 完璧だよ、みんな! ちゃんと今回もバッチリオッケイ!」
瑞葉くんの声はキラキラです。《強く胸を張る瑞葉くん》が、連想できました。
もしもこの場に、《瑞葉ボーイ》か《瑞葉ガール》がいたなら、絶賛が行われたのでしょうが、あいにくとここにいる集合体は瑞葉くんのファンではありません。それぞれが思い思いに隣人と会話して、瑞葉くんは雑音のように無視されました。
本来はこのような時に味方になってあげるべき妹の風歌ちゃんでさえも、舞人の妹である桜雪ちゃんと平凡な会話をしていて、構ってあげることができません。
あまりにも冷たい反応に瑞葉くんは氷結をして、101回目の死を迎えました。
でも今回は残念ながら、氷結瑞葉くんの心を解凍してあげる暇もありません。
瑞葉くんに代わって風歌ちゃんが、簡易報告の進行役になってくれました。
舞人たちの前方には、座席に腰掛けている舞人たちも視界に入れやすいように、天井から壁へと斜めに傾けられたスクリーンが、ご尊顔を披露しています。
愛知県と岐阜県の地図がそこには映っていて、理解の手助けをしてくれました。
まず初めに舞人の瞳がもっとも吸引されたのは、愛知県の西部でしょうか?
立体的にイラスト化をされた、《大きな樹木》です。立体的にイラスト化をされた《数キロ四方もの規模があるような樹木》が、そこには描かれていました。
でもそれは縮尺的にもおかしくありません。
実際にその規模の樹木が、愛知県西部にはあったのですから。
それは《鎹の木》と呼ばれ、宿葉寺院の信仰対象でした。
鎹の木は、《神の愛が孕まれた木の実》を毎年訪れる春と秋に落としたのです。
あらゆる超常現象の源である神の愛は、現在のこの国では酸素よりも重要視されていたのにも関わらず、それは《偶然の産物として、天から気まぐれに授けられる》か、《他者から略奪する》ということでしか入手するルートはなかったはずなのに、鎹の木は《天から授けられる神の愛を、計画的に届けてくれた》のです。
このような鎹の木を後ろ盾に出来れば、それは強力な威光になったでしょう。
当然愛知県内でも、鎹の木の正当な支配者を決めるための争いは発生しました。
そしてその戦いで勝利したのが、宿葉寺院なのです。
結果的に愛知県内にある宗派は全て、宿葉寺院の《毛細血管》となりました。
しかし宿葉教会自体は比較的穏健的な宗派だったこともあり、他の宗教に圧政を強いることもなく、あくまでも《支配者》という立場だけに固執したのです。
またほかの愛知県内の宗派だって、徒党を組んでも宿葉教会には太刀打ちできる見込みがないので、反逆を企てることもなく、大人しく管理下に置かれました。
つまり鎹の木のおかげによって愛知県は、一定の“平和”を手に入れたのです。
されど隣接する岐阜県は、そんな愛知県の穴埋めをするように、悲運でした。
当初から群雄割拠に等しき状況だった岐阜県は、それぞれの宗派がそれぞれの思いを抱き、他者を滅したり併合するために、全土で内戦が行われていましたから。