第103話:『琳琅の麾下』と『胆略の要訣』
昨今の日本では、それぞれに思うところがあるからこそ、互いの宗教の干渉を排除する面が根付いていましたので、原始時代のように情報の伝達は閉鎖的です。
そのような現状を打破するには、各地に諜報員を送り込むしかありません。
渦中となっている愛知県内にも瑞葉くんは、そのような役割をお願いできる少女に忍んでもらっていたので、今回の事の運びとなったのでした。でもおそらく彼女も、敵方で同種の活動を行う人からは、多くの妨害を受けたのでしょう。
事態は即座の行動が求めれるほどに、切迫しているようでした。
でもこのような場合も瑞葉くんは、《戦場に送り込んでも、絶対に帰ってきてくれる》という信頼を舞人たちに持っていたので、エース級の存在を送り込めます。
これこそが瑞葉くんの最大の強みで、他宗教にとっては比類なき畏怖でした。
瑞葉くんは自分の傍に風歌ちゃんを置くだけで、舞人と惟花さんと桜雪ちゃんと智夏ちゃんと冬音ちゃんと奈季くんと奏大くんが離れる方向で、進めたのです。
今回のように緊急性がある時は、“転移魔法”が移動機関の根幹でした。
でも何らかの際に《相手に気付かれてしまうリスク》を背負ってまで大規模な魔法を使用するなら、瞬間的な移動よりも、より魔法の隠密性を重要視します。
ワープ用の魔法は、王の間の3階部分の《遊戯の間》に準備されました。
舞人は怜志くんや静空ちゃんに軽く別れの挨拶をしたあとに、相棒といえるだろう白き刀を左手に持つと、みんなと一緒に《遊戯の間》へと向かっていきます。
《遊戯の間》は、18畳ほどの部屋でした。
普段は舞人たちが、カードゲームやボードゲームを行う時に使っている部屋ですが、今はそんなおちゃらけた雰囲気が、一毫ほどもみられません。
水色の魔法陣の上には、新幹線の車両内のような空間が、建立されていました。
三人座れる座席シートが、中央にある通路を挟んで、両側に並べられています。
座席シートは合計で、前後に2列ありました。
前を歩く奈季くんと奏大くんが、右奥にみえる座席領域まで足を運んでくれたので、舞人と惟花さんと桜雪ちゃんはその後方の列の座席へと座り、智夏ちゃんと冬音ちゃんは舞人たちから考えて通路の向かい側の座席に、お尻を付けます。
連絡を受けてから5分ほどで、出発する準備は整いました。
でもそんな短時間だからこそ舞人は、惟花さんが右側に桜雪ちゃんが左側に座る中で、ついさっきまで食していたお菓子を、転移前に食べ終わろうと全速力でしたが、目前の背もたれに付属されたテーブルへとそれを置き、飲み物を飲むと――、
「うわぁ! ふざけんなよ奈季! ぼくが最後のお小遣いで買ったお菓子を返せ! お前が勢いよく椅子を倒したから、袋がテーブルから落ちちゃっただろ!」
「悪いな、舞人。間違った」
「何を間違ったんだよ、馬鹿っ!」
「なぁ、舞人。だからどうやったらこの椅子は、舞人のほうにくるっと――」
「修学旅行中じゃないんだから、まずはそれをやめろ! お前がそんな馬鹿な事ばかりしようとしているから、ぼくの大切なお菓子が犠牲になったんだからな!」
お菓子たち(80円)の死亡に、舞人がこれほどなく憤慨すると――、
目の前の座席に座る奈季くんは悪気はなくとも、お腹を抱えて笑いました。
「あっ。でもさでもさ舞人兄。確か智夏姉も同じ物を食べているんじゃなかった?」
座席に正座をして、後方を確認する奏大くんは、良案を献じてくれましたが、
「あの馬鹿娘はね、こっちをみた瞬間に、残りの全部を胃の中に流し込んだよ!」
耐えがたき悲しみの連続に、嗚咽を漏らすほどに、舞人は涙を流しました。
泣き虫の鏡でしょう。
冬音ちゃんは冬音ちゃんで、そんなお父さんのことをみて――、
「お父様お父様! わたしのおしっこは殺菌能力があるので、わたしのおしっこに付ければ、床に落ちちゃったお菓子も食べられるので、泣かないでくださいよ!」
我が娘ながら、気が狂っているとしか思えない慰めに、余計に涙を零すと――、
『ねぇねぇ舞人くん。悲しいのはわかるけどさ、そんなに本当に泣かないでよ』
「お兄様が普段通りに働いてくれたら、またお菓子は買ってあげますからね?」
「! えぇ!? 本当に?」
『もちろん本当だよ。500円までならね、好きなお菓子を買ってあげるよ?』
天使な惟花さんはこう約束してくれたので、現金なことに舞人は泣きやみます。
500円のために舞人が、奈季くんの鞄からちゃっかりと取り出した靴下を使って、職人のような目つきで、自分の愛する刀をごしごしと磨いていく中で――、
《うわぁ! ふざけんなよ奈季! ぼくが最後のお小遣いで買ったお菓子を返せ! お前が勢いよく椅子を倒したから、袋がテーブルから落ちちゃっただろ!》
《何を間違ったんだよ、馬鹿っ!》
《修学旅行中じゃないんだから、まずはそれをやめろ! お前がそんな馬鹿な事ばかりしようとしているから、ぼくの大切なお菓子が犠牲になったんだからな!》
舞人の激昂が、なぜかリプレイされました。
声を聞くだけでも十分に面白いので、舞人以外の少年少女は俯き笑うと――、
『あっ。やばい。間違っちゃった。――このボタンじゃなかったのかな?』
『こっちですよ、瑞葉くん。舞人くんたちのほうへと話しを届けるのは』
瑞葉くんと風歌ちゃんの声が、天井のスピーカーから降り注いできました。
2人は別室にいて転移の準備をしているはずですが、どうして舞人の声なんかを録音しているのでしょう。舞人は清らかに聞き流すことができません。
「ねぇ! 何を間違ったの2人とも! なんかすごく嫌な予感がするんだけど!」
「舞人くん。さすがに今はふざけちゃダメだよ。本当は瞑想をしている時だもん」
「それはこっちの台詞だよ! お前こそふざけるな、ウンコマン! ――ねぇ風歌! お願いだからさ、いま君のいるところで何が起きているのか、教えてよ!」
風歌ちゃんは舞人にはうそをつきません。いつも真実を教えてくれました。
『ここ数日のドッキリの準備のことを教えちゃってもいいんですか、瑞葉くん?』
『まぁ大丈夫かな? どうせ舞人くんなら――3日もたてば忘れちゃうしね?』
「死ぬまで忘れられるか! そんな散々ないい方をされて!」
舞人は惟花さんと桜雪ちゃんから押さえつけれるほどに、ご立腹になりました。
「! さすがお父様は戦うためのモチベーションが、今からむんむんです!」
何かを勘違いする冬音ちゃんは感激をして、自分も舞人のように力み始めます。
この場にいる誰もが、《あぁ。冬音ちゃんがうんちを漏らしちゃわないといいなぁ》という、悲しいほどに低次元なレベルの願望を、心の中に抱く中で――、
「でもさもうみんな大丈夫? 忘れ物とかはない? じゃあ出発進行するよ? ――移動に10分ぐらいだからさ、その間に今回の件の説明させてもらうね?」
栃木県から愛知県まで移動する間に、ブリーフィングは行われるようでした。




