第100話:『花吹雪の烏有』と『欣喜の股肱』
舞人たちにとっての終着駅である宇都宮駅は、《防衛を至上とする城砦》です。
威風堂々とした西洋風の城の中を突っ切るように、線路が走っていたのはもちろん、城の出入り口の東西の城門には、厳重なる魔法結界が張られていました。
線路を利用して他宗教に攻め込まれてしまわないための、一種の防衛措置です。
でもこれはあくまでも、最低限の抑制にしかなりません。
だから瑞葉くんもより深い対策は施していましたが、またそれは別の話しです。
宇都宮駅から旧魔法学校までは、《歩行者専用の大通り》で繋がっていました。
舞人たちは《第七街道》を使い、自分たちの居場所まで帰っていきます。
そんな中で旭法神域の一般信徒たちは、とても親しげに声をかけてくれました。
瑞葉くんの親友として当然存在は知られていましたし、何よりも舞人はみんなの事を何らかの理由で助けてあげていたので、救世主扱いをされていましたから。
そんなこんなで舞人は心を弾ませながら、いかにも内弁慶らしく、敵の総大将の首でも取ったような威勢のよさで、当時の本拠地である旧魔法学校にも戻ります。
「ただいまー」の挨拶を舞人がすると、至る所から「おかえりー」が返りました。
そしてずっと舞人の帰りを待ち望んでいたような勢いで、魔法学校のあらゆるところから、一階の中央ホールにいる舞人のもとに、少年少女が蝟集してくれます。
奏大くんが軽く腰を抜かしてしまう中でみんなは、《どこにいってきたの舞人?》ということや、《何をしてきたの舞人?》という事を、一斉に尋ねてくれました。
しかしいくら聴覚に優れる舞人でも、同時に数十の声は聞き分けられません。
「……ちょっと待ってよ、みんな! 詳しい話しはあとで話す! だからその前に瑞葉のところにいかせてよ! ――お~いっ、奈季! そんなところでぼくのことをみて笑っているなら、助けてくれよ! 筋トレしてるとこ悪いけどさ!」
「はぁ。どこみてんだよ、舞人? 筋トレなんてしてねえけど?」
「あっ。ごめん。あまりにも不細工だから、歯を食いしばってるのかと思った」
舞人が一日中温め続けた邂逅時の台詞に、みんなは声を出して笑ってくれます。
嘲った側なのに、速攻で嘲られ返された奈季くんは、殊更悔しそうにしました。
「奈季の負けだね」
でもそんな奈季くんは、将来の奈季ガールズに肩をぽんぽんと叩かれています。
こんなにもハンカチを噛み締めたいと思ったことは、舞人も生まれて初でした。
「うぅ! なにこれ!? ぼくの《舞人ガールズ》たちはどこにいるの!?」
でも舞人を囲んでいる少女たちは、舞人よりも左横にいる奏大くんのことを気にかけてあげていて、舞人ガールズの総大将である惟花さんも、旅先での舞人のアホな武勇伝の数々を身振り手振りで語り、みんなを爆笑させていたので――、
「――副大将! ぼくの副大将たちはどこにいるの!」
役立たずな総大将のことは“討ち死に”と扱い、即座に援軍を求めました。
当時の舞人ガールズの副大将は、桜雪ちゃんと風歌ちゃんです。
2人さえいれば奈季ガールズとも、虎と龍の争いをできるはずでした。
「お兄様?」「舞人くん?」
「うわぁ! さすがだよ、桜雪と風歌! 2人ともいい時に来てくれた!」
白眉な笑顔を、舞人は浮かべてしまいます。
ホールの東側の階段に、桜雪ちゃんと風歌ちゃんの立ち姿がみえたからです。
天使の弓に弾かれた弓矢のような勢いで、駆け寄ってくれた2人のことを――、
「「……!」」
舞人は同時にハグしてあげました。
桜雪ちゃんから渡してもらっていた資料のおかげで静岡県内では安心して行動をできましたし、風歌ちゃんに至っては青き宝石をくれた張本人なのですから。
2人とも命の恩人です。再会に感動をしてしまうのも当然だったでしょう。
舞人から抱擁をされると、2人が隠さずに嬉しそうにしてくれる中で――、
「……きゃぁ! 助けて、ミズハーン!」
みんなが「!」となるほどに、とても演技達者な女性の悲鳴が響き渡りました。
声の主へと視線を動かした舞人たちは、我が目を疑ってしまいます。
闇色の翼を持つ悪魔たちが、いつのまにか集団を形成していたからです。
彼らに囚われてしまっている少女が、先ほどの悲鳴をあげたようでした。
とっさに開演した謎の演劇には、誰もが観客にしかなれない中で――、
「ふははっ、そこまでだ、ナギーズ!」
中央ホールの2階部分にみえていた回廊から、《何者か》が飛び降ります。
首と顔の下半分を覆う白マフラーと、体を包む白きローブが、風に踊りました。