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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter3:Kiss to you , because Kiss to me.
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第98話:『退嬰の懸想』と『異域の奇瑞』

 もう顔を出すことはないかもしれないと思っていた民宿にも、再帰できました。

 

 部屋の東側にあるベランダからの出入りを今回も強いられますが、傍からみればただの不審者なので、音も立てずに窓を開いて、音も立てずに中に入ります。

 

 頼んだ通りに分身舞人と分身惟花さんは、役割を演じてくれていました。

 

 お布団の中で、すやすやと眠ってくれていたのです。

 

 分身惟花さんはすぐに気付いてくれましたが、分身舞人は惟花さんを抱き枕代わりにし続けて、我が子ながら腹立つほどに幸せそうな寝顔を続けてきました。

 

 ……こいつぼくが死にそうだった中で、よくこんなに寝てられるなぁ……。

 

 島流しにしたくなる怒りというよりは、絶望に等しき呆れを抱きながらも――、


 自分の寝相の悪さを誰よりも知る舞人は、しつこく身体を揺すって起こし――、


「幸せそうでいいな、お前は。ゆっくりと眠れたのか? ――よしっ。それなら何よりだ。でもお前も少しはちゃんと働けよ? 午前中には紅乃やほかの応援の人が来るみたいだから、この街の人たちが無事に旭法神域に転移できるまでは、ここにいる惟花さんと一緒にみんなを見守っているんだからな? わかったか?」


 仮にも舞人は、分身舞人にとっての統率者です。


 だからお父さんのように、いい聞かせると――、


《??? ……パパはどこにいくの?》


 目が合う人の翼翼よくよくさを消すような純朴な瞳を、子舞人が向けるので――、


「ぼくは先に帰るよ。面倒をみないといけないやつが、1人増えたからな」


 と惟花さんに親指を向けてから、背中で寝息を立てる少年にも向けました。


 しかしさすがの舞人も先ほどの戦闘で、白き血が滅尽めつじんしかけていたので、民宿で軽く休憩してから、朝食が出される前に、再び窓からおさらばです。


 最後に舞人たちは、御前崎市内の海沿いにある海と桜と青空が一望できる所に立ち寄ったあと、「念のために早く帰ってきて!」と瑞葉くんからはいわれていたので、早速迎えに来てくれた紅乃ちゃんの車で、静岡駅まで身魂を運びました。


 すでに紅乃ちゃんには、悪夢が凪いだ件の詳細を伝えていましたし――、


 舞人が少年を、家運を守る置物のように抱えていても、なんら驚きません。


「でもよかったわねぇ、舞人」


「???」


「桜雪と風歌以外にも子分が出来てさ。これで奈季にも負けないわよ」


 楽しさが滾々(こんこん)と湧き出るように、冗談っぽく微笑まれたので――、


「別に桜雪たちがいなくたって、あんなやつに負けないよ」


 と舞人は変に洒落込んだりせずに返しながらも、確かに《悪戯戦争》で上手うわてを行くには人員の多さは重要ですし、少年の加入は大きいのかなぁと思いましたが。


 やはり今回も1時間ほどで静岡駅に着くと、紅乃ちゃんとは丁重に別れました。


 お互いに遠方同士にいるからこそ、そう簡単に顔を見合わせられないからです。


 舞人たちが紅乃ちゃんに見送られながら、新幹線乗り場まで向かう中でも、舞人の背中に眠る少年は駅特有のかしましさも気にせずに、眠り続けていました。


 乗車するべき新幹線がホームの中へと顔を突っ込ませてくれると、舞人は少年を起こさないような亀さんのような歩調で、新幹線の車内へと入っていきます。


 今回お邪魔するのは、2列席ではなく3列席の指定席でした。


 でもさすがに舞人だってそこまでお子様ではないので、窓際にある席の方は少年に譲ってあげて、自分は中央に座り、惟花さんには廊下側を守ってもらいます。


 出発の準備が無事に終わった舞人は、新幹線が線路を歩み始めると――、


『出発進行!』


 と楽しそうに内心で言葉の大波をあげると、間もなく少年も出発進行しました。


 最初は大人しく眠っていたはずなのに、舞人のほうへと頭を傾け始めたのです。


 しかしこれはみるからに寝ずらそうなので、結局は舞人が抱えてあげました。


『う~んっ。舞人くんもお兄ちゃんなんだね? いつもはさ舞人くんが、桜雪ちゃんに色々とやってもらっているから、あんまり誰かにこうしてあげることもないけど、本当は舞人くんが桜雪ちゃんの面倒をみてあげることもできるの?』


 愉悦に満ちた微笑みをみせる惟花さんが、こんな風にからかってくるので――、


「馬鹿にしないでよ、惟花」


 舞人は元気な色の唇を拗ねさせながらも、惟花さんのおへそをくすぐりました。


 こんないつも通りのやり取りを2人が行って、1時間ほどの時が立つと――、


「!」


 卵の孵化でも待つように温め続けてあげた少年に、変化が現われてくれます。


 目覚めの時でした。


 今までは無意識に寝返りを打ったり、首を傾けるだけだったはずなのに――、


「『!』」


 能動的に背伸びを行ってくれたのでした。

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