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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter3:Kiss to you , because Kiss to me.
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第95話:『途轍の闕漏』と『舟艇の帆影』

 全てが消えたクレーターで1人虚空に佇む“悪魔”は、何かを言葉にします。

 

 骨髄の奥底まで染み渡ってくるような、奇奇怪怪な言語でした。

 

 どこかでぼんやりと聞いたことはありますが、意味までは聞き取れません。


 先に動いたのは、悪魔司教でした。


 瞬間移動したような素早さで舞人の眼前を塞ぐと、真紅の刀を争乱させます。


 眩暈を覚えるようなスピードで殴りかかってきた真紅の刀を、舞人は左の5本の指に納める白き刀に紙一重で受け止めてもらうと、甲高い音を鳴り響かせます。


 刃と刃が殺し合いました。


 でもその瞬間に舞人の身体は轟々しく渦状に回転し、眼下に叩き落とされます。


 舞人は無抵抗のまま、建物へと背中を打ち当てしまい、痛撃を与えられます。


 一棟の倉庫がみるも無残に倒壊しました。これが衝撃の威力を物語るでしょう。


 どうやらあの刀には――、


《触れたものを螺旋回転させ、猛牛に撥ねられたように吹き飛ばす》


 という力が秘められているようでした。


 呼吸さえも忘れてしまうような痛みです。


 でもすでに舞人は、痛みを感じることさえありません。


 白き血が死んでしまったからではなく、生き返ったからです。


 業火が廻るかのように、体中が熱したかと思うと――、


 惟花さんを守るという使命以外は、全て《体内の鬼》が食い殺したのでした。

 

 二度目の攻撃が来る寸前に、舞人の感情は限界突破します。

 

 感情を失った悪魔同士の戦いは、新たに化け物の産声を上げた舞人が圧倒をしましたが、感情だけで動いていたからこそ、一瞬の隙を悪魔司教に突かれます。


 舞人の上半身が、螺旋状に引きちぎられてしまいました。


 右腕に抱く惟花さんを守った時に攻撃を受けた左肺が、基点となってしまって。


 大量出血です。白き血を全ての燃料にしているからこそ、これは致命傷でした。


 舞人の意識が朦朧すれば、体内を巣食う鬼の気配だって、例外ではありません。


 しかしこれでやっと惟花さんからの言葉も、舞人の耳へと届いてくれます。


 惟花さんからの心配と愛情に対し、「大丈夫だよ」と舞人が微笑むと――、


 惟花さんも一応は安心してくれて、勝利への一筋の光りまで授けてくれました。


 舞人は惟花さんの助言のままに、続けて放たれた悪魔の一太刀に粉砕されます。


 肉片どころか一滴の血飛沫さえも黒刀の餌食にされ、螺旋状に飛び散りました。


 惟花さんと白い刀だけを残して、舞人は存在を失ってしまいます。


 勝ち誇った悪魔が、瓦礫に伏せる惟花さんへと、悠々と歩み始めた瞬間に――、


「!」


 油断しか溢れていなかった悪魔司教の心臓を、背後から白刀が突き刺しました。


 幻覚のような素早さで身体を再構築した舞人の左腕が、起因となって。


 あえて舞人は紅刀の螺旋攻撃に殺され、白き刀の中に《魂》を隠したのです。


 灯台下暗しは世の常識ですし、もともと舞人の残力自体もわずかでしたから。

 

 惟花さんの作戦は勝ち星を恵んで、悪魔司教の息の根もついに止まります。

 

 強引に彼の手によって赤黒き心臓内に埋められて、悪魔司教の胸の中で苦しそうに叫び続けていた赤き宝石も、安慰あんいしたように微笑んでくれました。


 魂を失う存在が、みな自分に何か希望を見い出して消え去ることに、理由もわからずに舞人が胸に鋭痛を覚える中で、胸に刀が巣食う司教の雰囲気が変わります。


 あえてたとえるなら、死者が生者に変わったような空気の変貌ぶりでした。


 舞人は馬乗り状態をやめて、惟花さんを伴ったまま、彼の傍に膝付きます。


 誰かに操られていたというよりは、乗っ取られていたのかもしれません。


 時おり悪魔司教が精神的に苦しげにした理由も、それなら納得できますし。


 でも司教の身体に2つの魂が宿っていようと、生命は1つだけなのです。


 悪魔が死せば、本来の主である七翼教会の司教の生命にも、それは影響します。


 鬼の心を持つはずの舞人が、確かに人間的な感情から胸を痛める中で――、


「……ありがとう、2人とも。君たちのおかげで、やっと僕たちは救われた……」


 呼吸するということさえも苦しいのか、口許から鮮血を逆流させながら、穴が空いた心臓部からは赤黒い血を溢れさせる中年司教が、お礼をいってくれました。

 

 恨みや辛みなんてない、2人への思いやりだけが篭った笑顔のまま。


 とても残念なことに舞人の治癒魔法は、白き血を流す存在にしかききませんし、だからといって白き血の輸血だって現実的ではありません。白き血の残量がどうこうというよりも、白き血は《選ばれた者》しか受け付けることがないからです。

 

 結末に気付いた舞人と惟花さんの顔色が、悲しみに染まってしまう中で――、


「……君たちの名前は……?」


 2人を励ますように自分の苦しさを隠す彼が、柔らかく微笑んでくれました。


「……こっちが惟花で、ぼくは舞人だよ。星宮舞人だ……」


「……舞人と惟花か。いい名前だね。それに星宮って苗字はどこかで――」


 心臓を失ったなら、たった一語話すだけでも、五蘊ごうんが震える苦しさでしょう。


 舞人は自分の左手によって、彼の冷えた左手を力強く握り締めながら――、


「――何が起こっていたんだ、あなたたちに?」


 おそらく彼にとって最善だろう最後の問いかけを、耳元にささやいてあげました。


 七翼教会が、《何らか》の存在に乗っ取られていたのは、間違いないのです。


 そして七翼教会の中心者たちは、隠蔽され続けた事実の伝聞を望んでいました。


 舞人が顔を近づけると、司教は苦しげにしながらも、唇を震わせてくれます。


 最後の抵抗としてか、悪魔が釘打ちしてくる生々しき痛みを、乗り越えながら。


「……僕たちだけじゃない……。……人類全体に危機が迫っているんだ……。……でも君たちは、そんな僕たちの最後の希望なのかもしれない。……その可能性は十分に見させてもらった。……もしかしたら君は人間じゃないのかい……?」


「……ぼくもよくわからない。でも白い血が流れていることだけは確かだ……」


「……そうか。でもそんな悲しい瞳をする必要はないよ。君はもしも人間じゃなくても、心は優しい。瞳でわかる。だから何も恥じ入ることなんてない。胸を張って生きなさい。誰かのために生きれる人は、それだけで誰よりも美しいから……」


 司教はすでに力なんてない左手で、舞人の冷えた左手を握り返してくれました。

 

 本当は苦痛に歪めたいだろう容貌を、思いやりの色で染めてくれながら。

 

 黒き髪で顔を覆っている舞人の横顔が、暗く儚い色に染まってしまいます。

 

 決して人前ではみせることのない、今にも泣き出しそうな表情になったのです。 


「……もうあんたは、全てを終わりにしたいか……?」


「……どうだろう。まだ僕にだってこの世界に未練はある。恥ずかしいけどね」


「……何も恥ずかしくはないだろ。最後の一瞬まで優しい顔でそういえるなんて、ぼくはあんたが羨ましいよ。……だからそんなあんたの大切なものは、ぼくが一端だけ預かっておく。今は何も心配したりせずに、少しだけ休んでおけよ……」


 初対面にも等しい相手に、こんなにも舞人が素直にもなるのは希少でしょう。


 本当はとても臆病な舞人が、自分をさらけ出す相手は、決まっていましたから。


 舞人はこの司教のことを、なぜか他人事に思えなかったのかもしれません。


 情が移ってしまったのでしょうか?


 所詮自分なんて《神》に裁かれるべき、どうしようもない悪人だというのに。


 舞人が自分に対して吐き気を覚える中でも、司教は最後まで微笑んでくれます。


 惟花さんの微笑みとはまた違った温かみを、彼の微笑みからは感じ取れました。


 舞人は黙したまま、彼の手を握り続けます。今の自分に出来る精一杯として。


 彼の手が冷たくなっても、汲汲きゅうきゅうしたように力を弱めません。


 舞人は母性を求める一方で、同じく父性を求めていたのでしょう。


 理性ではそれを否定しますが、本能は何よりも忠実でした。


 惟花さんは舞人が自ら動こうとするまで、ずっと傍にい続けてくれます。


 言葉なんて紡がずに、ただ右手を握ってくれながら。舞人の心を温めるように。

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