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“Kiss to Freedom”  ~世界で最後の聖夜に、自由への口付けを~  作者: 夏空海美
Chapter3:Kiss to you , because Kiss to me.
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第92話:『扞格の鼓吹』と『霧消の節奏』

 各階に10人ほどいて、絶え間なき足音を廊下内に響かせ、神経に鞭を打ってくる巡回者たちを、いい加減に1人ぐらい武力行使で黙らせようかと思うと――、


『もう。だからダメだよ舞人くん。あの人たちに攻撃したら、全部水の粟になっちゃうよ? あとでちゃんとご褒美はあげるから、もう少しだけ我慢しよう?』


 薄暗い廊下内ではとても貴重な蝋燭に右頬を照らさせ、余計にこの場を薄暗くしている惟花さんがこう諭してくるので、舞人は適当な感じで頷きました。足元でゴキブリさんがお散歩していたら、さすがの惟花もどうするのかなぁと考えながら。


『それでねあれをみてみて舞人くん。すごく不思議な宝石さんがみえるでしょ?』


 右手を歴史の間の壁へと触れさせる惟花さんが、足下ばかりみている舞人にも内部の様子を伺うように促してくるので、舞人も自分の左手を壁に押し当てます。


 歴史の間と呼ばれるほどなのですから、この世界に現存する偉大なる知識の大半は入手できるようですが、部屋の大きさはそれほどのものではありません。


 八畳ほどの広間でしょうか?


 壁沿いに本棚が並べられ、合計で1000冊の辞書が起立しているだけでした。


 その1000冊の辞書自体は、『歴史書』や『魔法書』の役割は果たさずに、あくまでもこの街のどこかにある貯蔵された本の《あらすじ紹介》のようです。

 

 そしてその中から気になったものがあれば、部屋の隅にある宝箱のダイヤルへと番号を入力して、保管庫から本が送られてくるという仕組みのようでした。

 

 音はまったくしません。本と絨毯の香りが届いてきます。空気も適温でした。


 しかしこんな歴史の間の中に、明らかに歴史を逸した赤き宝石が息しています。


 何の支えもなく宙に浮遊しているそれは、大きさとしては人の心臓ほどで、歴史の間の中では唯一の光源となっていて、本や絨毯を赤く濡らしていました。


 無機質な外見をする一方で、古の竜にも勝るような生命力も感じられます。


 赤き宝石をみていると、生き物と目が合っている感じを、舞人は覚えました。


『確かにあれは不思議な宝石だねぇ。生きているよ惟花。あの宝石は生きている』


『――じゃあ何か特別な魔法さんが、眠っているよってことなのかな?』


 何はともあれ、摩訶不思議な宝石でした。


 間接的にこそこそと関わっている限りは、全容の解明も、夢のまた夢です。


 しかしここでもしも舞人たちが、あの“赤き宝石”に直接触れてしまったりしたら、今までの幽霊ごっこも、全てが水の泡になってしまうと考えるべきでしょう。


 でもよくよく考えてみれば舞人たちはあの宝石と、すでに目が合っていました。

 

 土壇場では積極的に行動していくのが、惟花さんのスタイルです。

 

 舞人と惟花さんはもしもの際に遅れを取らないように、《今まで建物内に残した足跡を一瞬で辿り、地上へと戻れる魔法陣》を用意したあと、行動を開始します。

 

 ここまで舞人たちが地下内で確かめてきた部屋は、利用者が頻繁にいるためにか、鍵のようなものもかかっていませんでしたが、さすがにここは違いました。


 蝋燭に照らされる木のノブを回しても、頑固に扉は沈黙をし続けたのです。


 すり抜けてもいいのですが、あの《宝石の目》には、どうせみられていました。


 魔法書に秘められた瑞葉くんの魔法を使い、模造した鍵を作ることにします。

 

 舞人たちの潔さには、”赤き宝石”も、微笑みました。

 

 彼の素性は知りませんが、少なくとも好意的な微笑みではあるかもしれません。

 

 鍵が開いてくれる音がしたあとに、舞人は静音性が高そうな重厚感ある扉をゆっくりと押していき、赤き光りが溢れてくる歴史の間の中へと、お邪魔しました。

 

『うわぁ。あいつずっとこっちみてるよ。早く惟花が確かめてさ、外に出よう』


『もう。わかったからわたしの後ろに隠れなくても大丈夫だよ、舞人くん』


『ビリってなれ。惟花があれに触ったら、ビリって電気が、惟花の右手に入れ』


『――わたしにビリってなったらね、舞人くんだってビリってなるんだからね?』


『離してよ、惟花! ぼくの右手を離して! 一生のお願いだから離してよ!』


 未知の存在に、えらい勢いでびびる舞人が駄々をこねる中で、惟花さんは舞人の右手をぎゅっと握ってきたまま、自分の右手を赤き宝石へと当てていきます。


 惚れ惚れしてしまうほどの肝っ玉の太さでした。


 惟花さんに恐いものなんてないのかもしれません。


 ……そもそも惟花がお化けだしなぁ……。


 なんて失礼な事を舞人が思っていると、赤き宝石が微笑みを披露しました。


 惟花さんから一方的に情報を搾取されていても、彼は恨み言をいいません。


 それどころか舞人たちとの交流を、逆に歓迎しているようにも思えました。


 自分たちの目の前で光る“赤き宝石”は、本当に何者なんでしょう。


 舞人の心の中には、疑問が増えていく一方でした。


 しかし時間さえあれば惟花さんなら、“赤き宝石”の情報も全て把握できるはずでしたが、舞人たちのそのような行動を忌み嫌う存在も、地下内にはいました。


「「……!」」


 特にやることもない舞人が“1人しりとり”をしながら、惟花さんの右手をいかにも暇そうにみていると、何の前触れもなく舞人と惟花さんへと、全長数十メートルの“神”に蹴り飛ばされたような衝撃と轟音が、襲い掛かってきました。


 鼓膜が割れるほどの衝撃と轟音の中で、本棚の本は全て落下していき、天井は爆発でもしたように歪曲してしまい、立つことなんてままならない舞人は、右手で繋がっている惟花さんのことを庇いながら、地面へと四肢を付けてしまいます。


 震動と轟音はどんどん強まり、部屋の中はどんどん荒らされ、赤き宝石の明滅もどんどん早まる中で、惟花さんのことを守るように彼女の体の上へと身体を置いている舞人は、……こんな震動に襲われちゃったら、大聖堂全体も壊れ始めているんだろうなぁ……、どこか他人事にこう思えましたが、これは完全に予想外でした。


 仮にも七翼教会にとって神聖な対象である《聖堂》というものが壊されるとは、どう見積もってもありえないという仮定が、舞人と惟花さんにはあったからです。


 天井が歪むどころか、徐々に崩れ落ち始めてきた歴史の間は、すでに限界が見え始めていたので、ここに留まり続けることは、死の道を選ぶも当然でしょう。


 舞人は惟花さんを伴い汲々(きゅうきゅう)と踵を返すと、扉の外へと退避しました。


 出口へと繋がる階段があるのは、舞人たちにとっては右手側だけです。


 でもそちらは天井崩壊の大洪水でした。

 

 左方を選ぶことしかできません。

 

 まさか建物が崩壊するとは思っていなかったので、早速脱出計画が狂いました。

 

 すでに姿を消す余裕さえもなく、いたるところで扉が燃え始め、天井は崩れ落ちる中で舞人は、惟花さんの手を取りながら、一心不乱に廊下を駆け抜けます。


 でも巡回者たちはこのような状況でも、自分に与えられた職務に忠実でした。


 舞人と惟花さんの行く手を防ぐようにして、黒ローブの少女が現われます。


 雷を纏わせた杖を携える彼女は廊下の4面全てへと、電撃を放流しました。


 視界のあらゆる所を雷撃が這ってくる中で、タンッと石床を蹴った舞人は惟花さんのことを右腕で抱えて飛翔すると、舞人と惟花さんを狙って放たれてきた“雷撃”を白き刀に吸収してもらうと、“白き雷撃”によってお返しします。


 白き雷撃に抱擁され崩れ落ちた少女を飛び越えた舞人は、自然の摂理として足元が雷撃の床へと落ちる前に、左手に握る白き刀を身代わりに差し出しました。


 網膜まで黄色くにじんでしまうほどの電撃が、舞人の左腕一本に集合します。


 これで左腕の機能は一時的に失いましたが、両足を失うことはありません。


 雷撃が死去した廊下に着地をした舞人が、惟花さんを抱えたまま足音を響かせていくと、ここにきて始めて舞人たちの前に、行き止まりが登場してしまいました。


 なりふり構わずに舞人はその鉄扉へと、先ほど吸収した電撃を打ち込みます。


 趨向すうこうを揺るがせるような大爆発と轟音が、轟き渡りました。


 爆発の余波によって黒髪とコートを揺らしながら、部屋の中へと突撃します。


 薄暗い部屋でした。壁や天井に吊るされている冷え冷えしい蝋燭だけが、唯一の光源です。地下の崩壊が幻のように、しんっとした空間です。床や壁はまだ温かい人間の血肉で汚染されていました。独特の臭気が舞人の身体へと溶接します。


 下呂を吐かなかったのは、幸いだったかもしれません。


 やっぱりなぁというのが、ありのままの感想でした。


 司教が監禁されている事に望みを託していましたが、それは夢物語のようです。


 彼自身が主導者になって、御前崎市を悪夢で包み込もうとしていたのですから。

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