憩いの時間
橘飛鳥は、布団で寝ている。
布団から、ほんのりとした女の子の匂いと石鹸の香りがした。義妹の凛がこの布団にいた事実は、間違いないだろう。
しかし、台所から、音がしている。推察するに、この布団に凛は、もういないはずだ。
飛鳥は、透かさず起きて居間に向かった。
「おはよう。兄さん」
凛は、布団に潜り込んできた出来事を忘れているようにニコヤカに答えた。凛は、普通の夜這いというわけではなく、何かの病気ではないかと疑っていた。
「もう、そろそろ、一人で寝られるようにするか?」
「起きてたの?」凛は、顔がすぐさま赤色になった。
「起きていないけど。匂いでなんとなくわかった」
家には、凛以外女の子はいないのだから。
「妹の匂いを嗅ぐなんて、ただの変態なのね」
凛の目線は、若干だが疑いの目線に変わっていた。推察するに、凛が飛鳥の布団に入るのは、嫌な部分も多いことはわかった。
病気だろうか? それとも単純に、寝ぼけているだけだろうか?
「怖いんじゃない?」
凛のイントネーションがおかしい。なぜ疑問形になるのだろうか。
「何が怖いんだ」凛に確認をした。
「兄さんが怖いんじゃない?」
凛の言葉に飛鳥は「何がだ?」と答えた。
「兄さんが、私を連れて行っているんでしょ?」
凛は、真剣な表情で話した。とても嘘をついているようには、思えない。というかその設定は、かなり無理があるような気がするのだが……。
「そんなこと、するわけがないだろ」
第一する意味が、ないだろうし、したいとしても、凛を何かしらの方法で運んだとしても、毎回起きずに運ぶには、困難すぎる。
「私だって寝て起きたら、兄さんの布団にいただけだもん」凛は可愛らしく反論した。飛鳥は、凛の回答に笑った。
「まぁ、気をつけろよ」と軽く飛鳥は、注意した。
凛は、コクリと頷いた後料理に没頭していた。やはり動きは、軽快だ。まるで、料理を作るベテランの主婦のようだ。
凛と飛鳥には、血の繋がりは、一切ない。飛鳥の母親は病気で早くに他界した。父親も飛鳥が大学を卒業した直後に死亡した。
死ぬ間際に、養子をとることを決めた。それが凜だ。飛鳥を悲しませないようにしたのか。それとも、何か他の理由があったのかは不明なのだが。
「はい、できた」
その声を掛け声に、料理が運ばれてきた。今日の朝食は、竹輪や南瓜等の煮つけに、鮭の塩焼き、味噌汁は、玉ねぎと油揚げだった。
「今日もありがとう」
いつもは、このようなお礼は、言わない。だが、時々は、言わないと、罰があたりそうだ。
まずは、煮付けの竹輪から食べる。
麺つゆを使っていて、だしは使っていない。しかし、ほんのり甘く、若干、塩の香りがした。これだけの物を作れるのなら、十分に合格点だろう。
「学校で何かあるか?」
家の家事のことで、部活動もしていない。明らかに一般家庭とは、違う生活だ。その部分は、飛鳥も反省していた。
「特にないかな」
楽しいエピソード等を聞かせてくれれば、飛鳥も幾分は、楽なのだが……。
「恋人は、いるのか?」
ハッと驚いた表情を浮かべる。今の中学生であれば、クラスの大半の人間は、恋人を作った経験があるらしい。
「いるわけないでしょ」
確かに普段の素振りから、考えるといるとは思えない。しかし、前にバレンタインデーの時に、数個バレンタインのチョコを貰っていたことがあった。
要は、逆バレンタインという奴だ。それから、推察するに、いないと考えるのは、不自然だ。しかし、嘘をついているようにも思えない。まさか……。
「女に興味があるのか?」
諒子や、さゆりという女の子と仲良く歩いている姿を目撃した。今、思えば、あの感じは、怪しいとも思える。
「なわけ、あるわけないでしょ」
否定の言葉と同時に顔面に凛の拳が入った。